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たまには更新しないと

 このブログまだ当分つづきそうです。読んでくださっている方いらっしゃるんだろうか? 八割近くが一見さんで、さらにほとんどが検索流入なので、この手の雑記はほとんど読まれていない気がするんだけども、まあ、更新してないと、死んだのか? と思う人もいるかもしれない。

 経営のコンサルに申込みしました。ひとりで勉強していても、堂々巡りなので、一度お金払って習ってみようかな、と。かなりスパルタらしく、とりあえずFXで初月で5万稼げ、という宿題が出たんだけど、そのとたんPCの音声が出なくなってしまう災難に見舞われた。呪いなのか? たぶんそうなんだろう。スピーカーじゃなくて、システムが起動してないので、手の打ちようがない。

 メールとセミナーと、多くは音声による指導なので、先生の音声が聞けない、というね……。どうしたらいいんでしょう。アホ極まれり。

 いろいろビジネス本は読んでるんです。そのうち小説より、ビジネス本のレビューの方が多くなるかも。

 あっ、それで、ビジネスについて面白いなと思うのは、やはり百人コンサルがいれば、百人いっていることが違うのね。ひとりは集客が命だといい、ひとりはリピーターが命だという。ひとりは投資が最重要だといい、ひとりは対面が最重要だ、という。

 ただ比較していくと、すべてのコンサルや経営哲学者に共通するものがやはりあるんですね。

 メンタルです。

 100中100人がこのことをいう。商売は五割がメンタルだ、と。

 結局経営のノウハウなどは小手先のもので、重要なのは抽象論に行き着く。じゃあ、メンタル、ってなんなの? というのは、なにも根性や努力を単純に意味しているのじゃなくて、バイタリティーというものでもないんですね。自信、といってしまうしかないものでもあるし、敢えて具体的にいうなら、継続する力、というか。

 ぼく自身思っているのは、自前の商品やサービスに絶対的な自信がある、ということだと思ってますけどね。けれどもいいものだからといっても売れないのも現実で、そこらに落ちている石でも売れてしまうのも現実なんですよね。

 結局強欲な人が商売に向いている、という結論なんだけれども、自分がよい、と思えた商品ならば、それに共感してくれる顧客を探すまで、1000人でも、2000人でも数を打つしかない、と思います。

 よく経営は恋愛に似ていると言われますけど、確かに似ている部分がありますね。

 あと、最近ふっと思ったことがあって。

 ぼくはふだんいろいろノートに書きとめるようにしているんですけど、だいたいあとで読み返しても、なにを思ってこんなことを書いたのかまるでわからないことがほとんどなんだけど。このあいだぼくのブログをずっと読んでくださっている読者の方と、お会いする機会があったんですね。いっしょに美術館に行ったんですが。その方が、「今はどこの美術館も人がいっぱいだ、昔はそうじゃなかった」とおっしゃっていて、確かにそうだな、とぼくもそれが不思議だと思いましたね。

 昔まだセゾンが華々しかった頃、ぼくはその最後の頃の世代ですけど、展覧会とかいろいろやってましたけど、それでも人は今より少なかった、と思います。先日の若冲展なんか待ち時間が3時間とかで、人が入れない、とか聞きましたけれど(ぼくはもう何回も見ているので、いかなかった)、いったいいつのまに若冲はこんなに人気になったんだろうか。

 美術史家の辻惟雄先生が、若冲を日本に紹介されたのが1970年代頃で、それまではまったく黙殺されていた。若冲だけじゃないですけどね。だから、若冲をはじめ、江戸期の有名な絵師たちの絵の多くは海外のコレクターの手に渡ってしまっている。村上隆草間弥生も、結局逆輸入の形で日本で話題になったのであって、日本人は日本文化を誇れる気持ちはあっても、見つけようとする努力をしない。これはなぜなんだろうか?

 皆日本好きじゃん。左翼思想に塗れていた1980年代頃までだったら、わかるんだけど。ビートたけしがこれだけ崇拝されるポジショニングを得ているのは、やはりヴェネチアで賞をとったからでしょう。自虐史観がなくならない限り、日本から優秀なクリエイターはなかなか登場しづらいと思うし、これは経営にもけっこう影響が強いかな、と思ったりもしています。

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

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