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歌行燈・高野聖 泉鏡花

 

 泉鏡花を読むという行為は、今はひどく難儀なものかもしれません。物語に意味を読み解くことが通常となっている今日では、鏡花の小説はその言語感覚においてだけでなく、その様式美そのものが、いたって古臭いものだからです。けれど、当時鏡花が活躍した時代でも、実はそれは古臭いものであったのだと僕は思います。

 鏡花のデビューは、「夜行巡査」「外科室」などの作品で、これは岩波文庫で読めますけれど―「青空文庫」でも読めます―、〝観念小説〟という呼称を与えられるべき作風を持っています。鏡花の名を轟かせたのは、名作「高野聖」です。これは、道に迷った僧が語るお化け話ですが、泉鏡花といえば、お化けを描いた作家である、という通説がありますけども、意外にも、彼はそんな話ばかり書いていたのではありません。

 

歌行燈・高野聖 (新潮文庫)

歌行燈・高野聖 (新潮文庫)

 

  

高野聖」について    

高野聖」は、主人公が偶然、旅の同行をすることになった僧から、枕元で語られる寝物語を聞く、というお話です。それはその僧の過去の体験です。
 富山の薬売りの行方を追い求めて道に迷う僧は、或る一軒の家に辿り着きます。そこに幾らか年老いた女主人がいます。それが何処となく奇妙なんです。白痴の子供がおり、ぞんざいに振る舞う親仁がいる。
 やがて僧は湯に入るために、足場の悪い温泉まで、女に道案内してもらいます。そこで女に体を洗ってもらう間に、いい気持ちになっていってしまうのですが、そこで1頭の馬を見つけます。これがまた奇妙です。家を後にした僧は、山道で女の元に戻ろうか迷いだします。そして親仁に出会い、女の境遇の真実について聞かされる……という筋立てです。
 鏡花という作家が、近代文学史上重要なのは、その言語感覚におけるエクリチュールの豊饒さに尽きることは間違いないと思うんですが、「高野聖」は、とりあえずその才覚が十二分に発揮された、鏡花28歳とのきの出世作でしょう。
 鏡花の作品は、説明の払拭した戯曲のようでもあるし、誰かが語るのを訊く寝物語のようでもあります。とりわけ短い作品では、この印象が強いのです。やがて浪漫的、私小説的なものを手掛けていくその小説は、しかし、初期から一貫して〝観念小説〟だったというべきところが、僕は何より重要だと思っています。
 鏡花が「高野聖」に描いたものとは、まさしくその幽霊話という体裁を借りた、ある種の暗喩であり、寓意です。豊饒な言語感覚とリズムを駆使して語られるこの異様な物語は、しかし、実は何も難しいことなどいっていなくて、事実その通り、ちょっと山道を迷うならば、この世界には不思議なことが満ちている、というお話なわけです。
 し掛けも、ぜんぜん凝っていなく、比べられる先人の上田秋成の作風とは異質です。鏡花にとっては、既に失われたその〝物語〟を、自己の観念に押し留め、そこに「言葉」という豊かな彩色を施すことが重要だったわけです。
 近代文学史が排除しようとするところの、近代以前の日本にあった言語感覚を、鏡花はその観念の操作によって、延命させようとしました。彼がお化けの話を好んで書いたのは、単なる趣味嗜好の問題ではなく、その〝奇怪さ〟が、「近代」という日常を突き崩す、最も恰好の題材であったためです。

 

 鏡花文学と女

 ここにいっしょに収録されている「女客」「国貞描く」「赤色鴨南蛮」は、程よく抒情の効いた、洗練された〝私小説〟となっていますが、共通するのは、母なるものへの思慕でしょう。鏡花が女を描くとき、それが多くの場合、悲惨で、何者かに犠牲になり、儚く死んだ、そのような無限の美しさに装われているのがすごく特徴的です。物語とは強く犠牲と強く結びついた観念なのです。
 鏡花は不思議なくらい女なるものを疑っていません。それを美しさの中に書き止めることが文学だ、という風に書いているようです。

 作風は違えども、鏡花のこのようなフェミニズム的振る舞いは、この時代多くの作家たちに共通していたことではあったんですが、言語感覚の豊饒さに酔い、自己の観念に逃避するその独自の文学性は、なにか狭いところに入っていこうとする強い作家主義的なものがあって、彼は終始一貫して、まさしく「近代」的な意味で〝観念〟の作家だったんだと、やっぱり僕は思います。

 

「歌行燈」について

 宮重大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、七里のわたし浪ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦びのあまり……
 と口誦むように独言の、膝栗毛五編の上の読初め、霜月十日あまりの初夜。中空は冴切って、星が水垢離取りそうな月明に、踏切の桟橋を渡る影高く、灯ちらちらと目の下に、遠近の樹立の骨ばかりなのを視めながら、桑名の停車場へ下りた旅客がある。
 月の影には相応しい、真黒な外套の、痩せた身体にちと広過ぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可いが、馴れない天窓に山を立てて、鍔をしっくりと耳へ被さるばかり深く嵌めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐を、ぶらりと皺びた頬へ下げた工合が、時世なれば、道中、笠も載せられず、と断念めた風に見える。年配六十二三の、気ばかり若い弥次郎兵衛。
 さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵝絨の革鞄に信玄袋を引搦めて、こいつを片手。片手に蝙蝠傘を支きながら、
「さて……悦びのあまり名物の焼蛤に酒|汲みかわして、……と本文にある処さ、旅籠屋へ着の前に、停車場前の茶店か何かで、一本傾けて参ろうかな。(どうだ、喜多八。)と行きたいが、其許は年上で、ちとそりが合わぬ。だがね、家元の弥次郎兵衛どの事も、伊勢路では、これ、同伴の喜多八にはぐれて、一人旅のとぼとぼと、棚からぶら下った宿屋を尋ねあぐんで、泣きそうになったとあるです。ところで其許は、道中松並木で出来た道づれの格だ。その道づれと、何んと一口遣ろうではないか、ええ、捻平さん。」
「また、言うわ。」
 と苦い顔を渋くした、同伴の老人は、まだ、その上を四つ五つで、やがて七十なるべし。臘虎皮の鍔なし古帽子を、白い眉尖深々と被って、鼠の羅紗の道行着た、股引を太く白足袋の雪駄穿。色褪せた鬱金の風呂敷、真中を紐で結えた包を、西行背負に胸で結んで、これも信玄袋を手に一つ。片手に杖は支いたけれども、足腰はしゃんとした、人柄の可いお爺様。
「その捻平は止しにさっしゃい、人聞きが悪うてならん。道づれは可けれども、道中松並木で出来たと言うで、何とやら、その、私が護摩の灰ででもあるように聞えるじゃ。」と杖を一つとんと支くと、後の雁が前になって、改札口を早々と出る。
 わざと一足後へ開いて、隠居が意見に急ぐような、連の後姿をじろりと見ながら、
「それ、そこがそれ捻平さね。松並木で出来たと云って、何もごまのはいには限るまい。もっとも若い内は遣ったかも知れんてな。ははは、」
 人も無げに笑う手から、引手繰るように切符を取られて、はっと駅夫の顔を見て、きょとんと生真面目。
 成程、この小父者が改札口を出た殿で、何をふらふら道草したか、汽車はもう遠くの方で、名物焼蛤の白い煙を、夢のように月下に吐いて、真蒼な野路を光って通る。……
「やがてここを立出で辿り行くほどに、旅人の唄うを聞けば、」
 と小父者、出た処で、けろりとしてまた口誦で、
「捻平さん、可い文句だ、これさ。……
  時雨蛤《しぐれはまぐり》みやげにさんせ
    宮《みや》のおかめが、……ヤレコリャ、よオしよし。」
「旦那、お供はどうで、」
 と停車場前の夜の隈に、四五台朦朧と寂しく並んだ車の中から、車夫が一人、腕組みをして、のっそり出る。
 これを聞くと弥次郎兵衛、口を捻じて片頬笑み、
「有難え、図星という処へ出て来たぜ。が、同じ事を、これ、(旦那衆戻り馬乗らんせんか、)となぜ言わぬ。」
「へい、」と言ったが、車夫は変哲もない顔色で、そのまま棒立。                          (「歌行燈」 泉鏡花)

  鏡花の代表作である「歌行燈」は、その研ぎ澄ました感性が十分に漲り、新しい局面も知らしめた、彼の最高のもののひとつだと僕は思います。登場人物に語り手を交錯させた、言文一致を忌み嫌ったこの作風は、歴史に翻弄された人物たちの血生臭い確執における、「劇の緊迫」という芸の極みの舞台で、〝私〟を表出するという逆説を描破しています。鏡花独自の「近代小説」としての、ひとつの沸点がここに表れているように思います。
 物語は、何ら関わりのないふたつの空間をそれぞれに運んでいきます。そこにひとりの悲しみに満ちた女が現われるのです。それは思ってもみなかったものに遭遇させるのですが、ここに現われているのは、芸、です。

 ここに鏡花の自己の想像性の主張を読み取るのは、僕は誤まりではないと思います。これはある種の告白の書であり、「高野聖」の寓意をより洗練されたものにした、泉鏡花における〝私〟というものの文学宣言であったと見るべきだ、と僕は思っていいます。

 

 観念の作家である泉鏡花

 泉鏡花の作品は、どれも映画や、或いは能などの古典芸に近い劇的な雰囲気があるんですが、書かれる事柄が重要ではなく、その題材によって放射される言葉の生き血が重要な文学的性格を持っています。同じような資質を持ち合わせながらも、例えば、谷崎や漱石がやがて発見し、鏡花が見出せなかったものもあって、その逆もきっとあったでしょう。とにかく彼が憧憬した、その物語に内在する現実と対峙した故の〝語りの秘儀〟は素晴らしいものです。そういう意味でやっぱり、鏡花は観念の作家=様式美だったんだと思うんです。
 自然主義文学が、明治の時代において当然のこととなり、漱石も『吾輩は猫である』や『草枕』などの小説から、独自の文学を捏造すべく、初期の言語感覚を捨てるに至ったあとも、鏡花は時代に媚びませんでした。
 そしてその対極にあったのが、金沢の同郷であるライバル、もうひとりの天才、鏡花とはまったく正反対に、いかにも近代小説的なリアリズムで独自の境地を切り開いた徳田秋声であったことは興味深いわけです。
 鏡花に血縁性を求めるなら、『金色夜叉』の尾崎紅葉でしょうか。しかし、そのある種の閉鎖的遊戯性は、〝浪漫派文学〟としての特異な境地をもたらしたというべきで、〝観念〟という枠組みに留まった〝詩的〟な領域に、一貫してその身を潜めているゆえ、それは美しく、儚い独特な文学です。映画でいったら、ダニエル・シュミットとかに近いかな。
「歌行燈」に描かれた、結ばれる互い互いの人性の機微に窺われるのは、時代に翻弄され、取り残され、虐げられた者たちの悲しみです。それは誇り高さでもあり、まさしく近代という 時代における、滅びゆくものの宴、です。
 それは江戸の戯作よりも遥かに後退した〝幼児文学〟であるといってもいいかもしれませんが、そこに〝悪意〟が欠けているという意味合いを考慮すれば、鏡花ほど自己に忠実な作家はいなかったんじゃないかと僕は思っています。 

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