読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夫婦善哉 織田作之助

 

 織田作之助を戦後一躍人気作家にした出世作「世相」で、作者は主人公にこんな言葉を吐かせています。

 

「まアね。僕らはあんた達左翼の思想運動に失敗したあとで、高等学校へはいったでしょう。左翼の人は僕らの眼の前で転向して、ひどいのは右翼になってしまったね。しかし僕らはもう左翼にも右翼にも随いて行けず、思想とか体系とかいったものに矛盾―もっとも消極的な不信だが、とにかく不信を示した。といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟ったような悟らないような、若いのか年寄りなのか解らぬような曖昧な表情でキョロキョロ青春時代を送って来たんですよ。まア一種のデカダンスですね。あんた達はとにかく思想に情熱を持っていたが、僕ら現在二十代のジェネレーションにはもう情熱がない。僕らはほら地名や職業の名や数字を夥しく作品の中にばらまくでしょう。これはね、曖昧な思想や信ずるに足りない体系に代わるものとして、これだけは信ずるに足る具体性だと思ってやってるんですよ。人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼の思想よりも、腹をへらしている人間のペコペコの感覚の方が信ずるに足るというわけ。だから僕の小説は一見年寄りの小説みたいだが、しかしその中で胡座をかいているわけではない。スタイルはデカダンスですからね。叫ぶことにも照れるが、しみじみした情緒にも照れる。告白も照れくさい。それが僕らのジェネレーションですよ。」
           (「世相」 織田作之助)

 

 ここには織田作之助ならずとも、当時〝無頼派〟と呼ばれた作家たちの実感が、赤裸々に述べられているといえます。坂口安吾石川淳太宰治らとともに、戦後の文壇を席巻した織田作之助の作家活動の期間は、僅か7年足らずの間に過ぎません。彼は戦後一躍流行作家になった途端すぐに死んでしまいました。残された作品も短編ばかりです。そのどれも一本調子ばかりが並びます。けれどもその多くが粒ぞろいの傑作なのですから、彼は間違いなく天才肌の作家だったと僕は思います。

 

夫婦善哉 (新潮文庫)

夫婦善哉 (新潮文庫)

 

 

夫婦善哉」について

夫婦善哉」は織田作之助ではいちばん有名な作品だと思います。文壇デビュー作です。オダサクといえばこれ、といわれる名作で、タイトルは聞いたことがある人も多いと思います。映画やTVにもなっているし、舞台化もされています。
 何をやってもダメな柳吉と、それを献身的に支える蝶子の夫婦の話です。不幸ながらもユーモアのある情緒豊かな小説で、落語調というか、語りの小説というか、とてもテンポのよい文章のリズムを持っています。

 

 年中借金取が出はいりした。節季はむろんまるで毎日のことで、醤油屋、油屋、八百屋、鰯屋、乾物屋、炭屋、米屋、家主その他、いずれも厳しい催促だった。路地の入り口で牛蒡、蓮根、芋、三ツ葉、蒟蒻、紅生姜、鯣、鰯など一銭天婦羅を揚げて商っている種吉は借金取の姿が見えると、下向いてにわかに饂飩粉をこねる真似した。近所の子供たちも、「おっさん、はよ牛蒡揚げてんかいナ」と待て暫しがなく、「よっしゃ、今揚げたアるぜ」というものの擂鉢の底をごしごしやるだけで、水洟の落ちたのも気付かなかった。  (「夫婦善哉」 織田作之助)

 

 オダサクが影響受けた作家に、大正時代から活躍した宇野浩二という人がいました。両者とも作品に関西風な匂いがすごくあるのが特徴的です。(宇野浩二は生まれは福岡ですが。)オダサクの小説はそれまでの自然主義の小説のような形式とは違って、初期の宇野浩二的な語りのダイナミズムに小説の力点が置かれました。
 彼の小説は江戸時代の元禄文化を代表する小説家(浮世草子)、同じ大阪出身の井原西鶴にさらに起源があるのですが、悲惨であっても、どこか深刻さが薄れて、描かれる人物たちが浮世離れしているのが特徴です。そして彼らはたいてい転落していきます。彼らが転落していくのは、世相のためというよりも、自ら率先してそうなっている感じがあります。

 

夫婦善哉

夫婦善哉」は、互いに手を取り合いながら世間から転落していくという夫婦の物語ですが、ひたすらの「転落」であるのがその特徴といえるでしょう。救いの余地は何処にもないわけです。でも、あらゆる地獄を巡り、あらゆる不幸を潜り抜けて、歳月を重ねた果て、その日常に出会う小さなものがあります。

 

 十日経ち、柳吉はひょっくり「サロン蝶柳」へ戻って来た。行方を晦ましたのは策戦や、養子に蝶子と別れたと見せかけて金を取る肚やった、親爺が死ねば当然遺産の分け前に与らねば損や、そう思て、わざと葬式にも呼ばなかったと言った。蝶子は本当だと思った。柳吉は「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いに行こか」と蝶子を誘った。法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。道頓堀からの通路と千日前からの通路の角に当っているところに古びた阿多福人形が据えられ、その前に「めおとぜんざい」と書いた赤い大提灯がぶら下っているのを見ると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。おまけに、ぜんざいを註文すると、女夫の意味で一人に二杯ずつ持って来た。碁盤の目の敷畳に腰をかけ、スウスウと高い音を立てて啜りながら柳吉は言った。「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。蝶子はめっきり肥えて、そこの座蒲団が尻にかくれるくらいであった。  (「夫婦善哉」 織田作之助)

 

夫婦善哉〟は、この作品のオチになっています。転落してようやく見えくる日常の喜びとしてささやかに描かれています。この〝夫婦善哉〟という小説のオチはいわゆる〝オチ〟で、小説的な解答としての結末とは異質なものです。それが〝オダサク文学〟の骨頂です。この作品はオダサクの語り芸をぞんぶんに堪能できる逸品です。『夫婦善哉』には続編があることが発見されて話題になりまして、今は完全版が読めます。

 

夫婦善哉 正続 他十二篇 (岩波文庫)
 

 

「木の都子」「六白金星」「アド・バルーン」「競馬」

 この新潮文庫版の短編集には、「夫婦善哉」のほかに5つの作品が収められています。ほかの作品についても感想を述べておきます。

「木の都」は、私小説風の語りで綴られている作品です。何年かぶりに故郷を訪れる望郷の心境が、静かで確かな律動で描かれてあります。

「六白金星」は、生まれつき不幸な生い立ちを背負い、何をやってもダメな主人公の半生を急ぎ足で語り尽くす物語で、いかにもオダサク風味です。自らの正義感のため転落していく主人公の破天荒が絶妙で、自ら地獄へ向おうとするこの主人公は、何故そのように生き急ぐのか、この人物も確かにオダサク自身の分身じゃないのかなと思えます。
「アド・バルーン」もやはり転落していく男の半生を描いた告白調の作品ですが、ただかなり主人公の屈折した心理がもたらす人生の悲劇に焦点があてられていて、〝救い〟が、転落を手助けする感じになっています。そのためか人生の含羞に満ちた哀切な風貌がすごく漂っています。
「競馬」は博打を題材にした嫉妬がテーマの作品で、これもオダサクの代表作です。主人公の転落ぶりはそれほどでもないんですけれど、それぞれの運命を背負った男同士のふとした邂逅を、このような洒落た物語によって実に巧みにし掛けるやりかたは、オダサクの才覚が存分に炸裂したものだといえます。

 それで「世相」ですが、僕はこの作品がオダサク小説の最高のものだと思っていて、さらに戦後に書かれた名著のひとつであるだけじゃなく、日本近代文学史に刻み込まれるべき傑作だと思っています。

 

「世相」について

「世相」は私小説のような形式を持っています。当時の闇市に纏わる動乱が克明に活写されています。それまでのユーモラスに満ちたオダサクの語りの印象はありません。作家の視線が生々しく、トーンも陰鬱で、暗く、恋人の男根を切り取った異常な事件〝阿部定〟を小説化しようとする、この小説の中の作者らしき語り手は、戦後の混乱を冷静に見据えながら、その何処に本当の問題が潜んでいるのか、それを炙りだしていこうとしていきます。

 

 女の過去を嫉妬するくらい莫迦げた者はまたとない。が、私はその莫迦者になってしまったのである。しかし莫迦は莫迦なりに、私は静子の魅力に惹きずられながら、しみったれた青春を浪費していた。その後「十銭芸者」の原稿で、主人公の淪落する女に、その女の魅力に惹きずられながら、一生を棒に振る男を配したのも、少しはこの時の経験が与っているのだろうか。けれど、私はその男ほどにはひたむきな生き方は出来なかった。彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて某拳闘選手と二人で満州に走った時、満州は遠すぎると思った。追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、もはや未練もなかったが、しかしさすがに嫉妬は残った。女の生理の脆さが悲しかった。
 嫉妬は閨房の行為に対する私の考えを一変させた。日常茶飯事の欠伸まじりに倦怠期の夫婦が行う行為と考えてみたり、娼家の一室で金銭に換算される一種の労働行為と考えてみたりしたが、なお割り切れぬものが残った。円い玉子も切りようで四角いとはいうものの、やはり切れ端が残るのである。欠伸をまじえても金銭に換算しても、やはり女の生理の秘密はその都度新鮮な驚きであった。私は深刻憂鬱な日々を送った。
 阿部定の事件が起ったのは、丁度そんな時だ。 
                     (「世相」 織田作之助)

 

 辛酸めいて、吐きだされる言葉が生臭く、描写がそれまでのオダサクのもののように紙芝居的じゃありません。とにかくリアルです。ここに扱われているテーマは「嫉妬」です。何か確かなものを得ようとして、残虐の行為に駆りたてられていく人間の本質がむき出しになっていく、そんな律動をえぐりとっています。
 この手の感覚はやはり同時代の無頼派安吾なんかの幾つかの作品と非常に似通っているんですけれども、オダサクの場合は淫靡夥しい放蕩の現実の姿が特徴で、決して観念的じゃありません。
 売春婦がとても金を稼いでいます。彼女たちが何も敗戦の貧しい世相のためそのような生活をするようになったというのは違うといっていて、女という生き物に、そもそもそのような生々しさが胚胎していたという事実があからさまに描かれているのです。嫉妬という感情も、人間の関係性を生々しく映しだすまさしく原始的な感情のひとつであって、敗戦の動乱でこうなったというのじゃなく、敗戦の生々しさによって浮き彫りにされていった本来の「人間の赤裸々な姿」を、オダサクはここで書こうとしているのです。

 

 人間を描こうとしたオダサク文学

 僕は織田作之助という人が活躍したこの戦後の混乱時代と、現在の時代がそれほど変わっていない、と思っている節が常々あります。「世相」はそういう感覚をすごく喚起するんです。織田作之助の文学は今もとても新鮮に読めるのです。オダサクがひどく現代性を持っているのは、実は人間そのものはなにも変わっていないからでしょう。

 国亡びて栄えたのは闇屋と婦人だが、闇屋にも老訓導のような哀れなのがあり、握り飯一つで春をひさぐ女もいるという。やはり栄えた筆頭は芸者に止めをさすのかと呟いた途端に、私は今宮の十銭芸者の話を聯想したが、同時にその話を教えてくれた「ダイス」のマダムのことも思い出された。「ダイス」は清水町にあったスタンド酒場で、大阪の最初の空襲の時焼けてしまったが、「ダイス」のマダムはもと宗右衛門町の芸者だったから、今は京都へ行って二度目の褄を取っているかも知れない。それともジョージ・ラフトとの写真を枕元に飾らないと眠れないと言っていたから、キャバレエへ行って芸者ガールをしているのだろうか。粋にもモダンにも向く肉感的な女であった。 (「世相」 織田作之助)

 

 安吾も「堕落論」で同じことをいっていますが、「世相」といっても、繰り返しますが、敗戦の混乱がこのような狂態を表したというのじゃなく、その混乱にこそ見えてくる普遍的なものをオダサクは書こうとしていると思います。ある種の秩序の崩壊と、肉を売っても平然としている女性たちの姿は、いつの時代も不変です。「変わったのは世相だけであって、人間はなにも変わってなどいない」と安吾も「堕落論」で書いています。

 政治とか、思想とか、とにかくそのようなものから遠く離れた場所で、滑稽じみた人間たちの日常の模様を書いていたオダサクのような作品こそが、〝歴史〟に肉薄していたという事実は、一考に値するものだと思います。
 戦前も戦後も実はなにも変わってなどいない。安吾同様、織田作之助はとにかくそのことを明晰に書いているのです。人間は世相によって変わるようなものではなく、そんなものは人間ではないし、小説に書かれるに値するべきものではない。
「世相」とタイトルをつけられながら、当時の世相をなぞっているような小説ではぜんぜんありません。そしてそれ以前のオダサクの小説が単に語りを生かした人情噺ではなかったこともここに証明されているといえます。彼が一貫して描こうとしたのが人間であったことが、この作品を読むとよくわかるのです。

 

 大阪の叛逆

 織田作之助は夭折した、という意味もあるんでしょうけど、職人芸的な短編を得意として、一貫して大阪の下町の情緒から離れなかった辺境の作家でした。しかしいくつかの作品を読むと、とんでもなく凄い作家だったというのがわかります。彼の作品を単なる喜怒哀楽の人情噺として読むのはとてももったいないことです。

〝堕落〟は、安吾石川淳だけでなくオダサクにおいてもとても重要なテーマでした。オダサクは世間から外れていこうとする人物を描きながら、その堕落した中にこそ普遍的な人間を掴みとろうとしました。
 代表作の「夫婦善哉」は、夫婦の慎ましくも微笑ましい間柄が描かれているんですけれども、ここに本当に描かれてあるのは、人生に潜む細部の大切さで、それを知るには数々の地獄を潜り抜けねばならない、という発想であると同時に、堕落にこそ文学が潜むという意識です。オダサクの語りは堕落と切り離せず、そしてそこで信じられているのはなにより人間であって、思想や、既成の文学はまるきり信用されていません。〝デカダンス〟とオダサクはいいましたが、彼が信じたのは、あらゆる「意味づけされたもの」から離れるそのことで、それが結果的に「堕落」になっていったといえます。

 オダサクにしろ、安吾にしろ、戦前から戦後へと移り行く中、彼ら作家たちは何も変わることはなかった。この時期もっともいい小説を書いていたのは、彼ら無頼派と呼ばれる作家たちであったことは間違いないです。とにかく織田作之助の小説は面白いです。

 

f:id:mannequinboy:20150317194644p:plain