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俘虜記 大岡昇平

日本近代小説

 

 大岡昇平第二次世界大戦終結後、五年をかけて完成した最初の小説集。当時は三部に分かれて上梓されました。友人であり先輩であった評論家の小林秀雄に、「魂のことを書け」といわれて、「いや、事実を書く」といってこの小説が執筆がされたという有名なエピソードがあります。この作品は「事実」に則した小説で、ルポルタージュ(現地報告)といったものに近い風貌があります。

 

俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

 

 

 絶対的観念の喪失からの出発

 この『俘虜記』という作品に描かれた「絶対的観念の喪失」という問題意識からまず見ていきます。語り手である「私」のその視線の研ぎ澄まし方、拡大のされ方、現実の「私」を離れ、再び現実の〝私〟に戻っていく際に現れる、状況を見据えるその冷徹な視線の仕方は、大岡昇平という文学者を語るのには不可欠な要素を多分に含んでいます。大岡昇平はとにかく考察力が格段に優れた人で、その個性を伸ばして様々な作品に応用していきましたけれど、この戦争を描いた最初の小説でも、その独自な視点は特異な文学性を起立させています。その明晰な考察が最初のところからぐいぐいと出てきます。輸送船に乗せられてフィリピンへ向かうシーンです。

 

 私は既に日本の勝利を信じていなかった。私は祖国をこんな絶望的な戦に引きずりこんだ軍部を憎んでいたが、私がこれまで彼らを阻止すべく何事も賭さなかった以上、今更彼等によって与えられた運命に抗議する権利はないと思われた。一介の無力な市民と、一国の暴力を行使する組織とを対等に置くこうした考え方に私は滑稽を感じたが、今無意味な死に駆り出されて行く自己の愚劣を笑わないためにも、そう考える必要があったのである。
 出征する日まで私は「祖国と運命を共にするまで」という観念に安住し、時局便乗の虚言者も空しく断ずる敗戦主義者も一紮げに笑っていたが、いざ輸送船に乗ってしまうと、単なる「死」がどっかりと私の前に腰を下して動かないのに閉口した。
 私の三十五年の生涯は満足すべきものではなく、別れを告げる人はあり、別れは実際辛かったが、それは現に私が輸送船上にいるという事実によって、確実に過ぎ去った。未来には死があるばかりであるが、我々がそれについて表象し得るものは完全なる虚無であり、そこに移るのも、今私が否応なく輸送船に乗せられたと同じ推移をもってすることが出来るならば、私に何の思い患うことがあろう。私は繰り返しこう自分にいい聞かせた。しかし死の観念は絶えず戻って、生活のあらゆる瞬間に私を襲った。私は遂にいかにも死とは何者でもない、ただ確実な死を控えて今私が生きている、それが問題なのだということを了解した。   (「俘虜記」 大岡昇平 新潮文庫)


 この作品が、まず負け戦という観念から出発していることを把握する必要があります。タイトルからして〝俘虜記〟であって、冒頭を飾った、この作品が論じられるときによく引用される「捉まるまで」の緊迫した戦場の場面は、この長い作品のひとつの布石に過ぎません。ここに現れた主人公は生死をかけてというより、すでに〝死〟という認識に基づいて、戦場に挑んでいることがとても重要です。

 実際に大岡昇平は兵隊にとられてフィリピンのミンドロ島へ行く経験を持ちました。ひとりの年若い米国の敵兵と戦場で遭遇し、命を奪える距離であったにもかかわらず、彼は敵兵を撃つことはなく、そのことが描かれたのが「捉まるまで」で、その後大岡は米軍の捕虜となり、やがて施設へ送られることになるわけですが、その当時の捕虜生活を記して『俘虜記』がまとまりました。

 自分が死ぬはずだったというその絶対的な観念は、捕虜として生き延びていくことで、変化が起こりはじめます。『俘虜記』の出発点はそこです。「死」しかない、と思っていた自分の「絶対的観念」が、――生きているではなく、生き延びていく、だらだらと、その生かされた延命の中――いってみればそのような「相対的な観念」とでもいうべきものへと変わっていきます。捕虜生活において戦場での光景を回想していく中、〝主体性〟と呼ぶべきものが彼の中に次第に獲得されていくことになるのです。

 

 一部「俘虜記」

 冒頭に置かれた、「捉まるまで」の主人公の「私」は、戦場で敵兵と遭遇し、それを撃ちません。殺せる事態でありながら、殺さなかった。なぜ引き金を引かなかったのか。
 ここに最初に収められた「捉まるまで」は400字詰め原稿用紙にして100枚足らずの短編ですが、これ以降貫かれる『俘虜記』という長い小説の扉的役割をしているのみでなく、さまざまな作品を築きあげていく、それ以降の大岡昇平という小説家の文学的発端が凝縮されているといえます。

 

 最初私が米兵を見た時、私は確かに射とうと思わなかった。しかし彼があくまで私に向って前進を続け、二間三間の前に迫って、遂に彼が私を認めたことを私が認めた時、私はなお射たずにいられただろうか。
 私は自然に銃の安全装置をはずした手の運動を思い出す。してみればこの時私が確実に私の決意を実現し得たのは、ひたすら他方で銃声が起り、米兵が歩み去ったという一時に懸っている。これは一つの偶然にすぎない。
 私の決意に照して見れば、この時の私の行為は完成されていない。従ってそれに関する私の反省も当然未完成たるべきである。しかし私は一応私の決意が何処まで私の行為を導き得たかを、この時の私の心理に求めずにはいられない。
 米兵は私の前で約十間歩いた。恐らく一分を越えない時間である。その間私が何を感じ何を考えたかを想起するのは、必ずしも容易ではないが、有限な問題である。   (『俘虜記』 大岡昇平  新潮文庫)

 

 ここに描かれている幾らか冗長過ぎる主人公の自己問答は、自らの〝生〟と〝死〟との間を揺れ動く「偶然性」について、その後の彼を広く深く考察をさせる起点となっていきます。

「死すべきはずだった」という絶対的な観念からここでとうとう見捨てられてしまった主人公は、これをきっかけに、人生の意味を相対的に弄っていくことになっていくわけです。彼が戦地へ送られた意味、敵兵と遭遇した意味、捕虜となって生き延びた意味……。つまるところ人生の運命と呼ばれたものこそ「偶然」の産物に過ぎなかったわけで、しかし、瞬時の偶発的なことであっても、なにかがここには備えられているのでないかと見られるべき事柄が、敵兵を自分が撃たなかったことにこそあった、と彼は思いを巡らせていくのです。

 すべてが偶然だったとしてもそれだけではなく、なにかそれ以上のものもあるのじゃないか。戦場の出来事をしつこく考えていきます。

 「絶対的」と見られていた欺瞞を暴きながら、その深い「相対的な価値意識」の考察の視線に大岡独自の〝主体性〟が擁立されていくことになります。

 

 二部「続俘虜記」

 二部に描かれた捕虜たちの生活は著しく〝現実感〟を欠いています。とにかくそれが驚きといってよいです。後に大岡は『俘虜記』では敢えて書かなかった事態もあるとインタビューやエッセイで述べていますが、この作品は作者によって意図的に画策されたものであるのは確かに間違いありません。とにかく、ここには「戦後」を生きる者らが想像する〝戦争〟が少しも感じられず、そんなあられもない描写が横溢しているのが特徴です。

 

 俘虜は一般に捉えられた兵士であり、ただ祖国へ帰る日を待って暮らしていると考えられている。しかし私の見たところによれば、俘虜は「兵士」でもなければ「待っている」わけでもない。彼等は既に戦闘力がないという意味で兵士ではなく、俘虜収容所の生活の必要は彼等に「待つ」ことを許さない。彼らは生きねばならぬ。 (『俘虜記』   大岡昇平)

 

 捕虜たちは、互いの階級争いに奮起して、食事について争い、酒を欲しがります。煙草を賭けにしてトランプをします。同じ時期、同胞たちは沖縄で血なまぐさい地上戦を繰り広げ、東南アジア諸国では明日生きられるかもわからない飢えと戦っている最中をです。捕虜である彼らは労働に従事し、汗を流すことに、長らく忘れていた現実感を取り戻すようにさえなっていきます。

 彼らが「捕虜」であるという事実は、まさしくこれが「戦争」であるという現実を間違いなく証明するものにほかなりません。しかし、それが限りなく「日常」の光景に近いように見えるとき、日常を平和に生きている「戦後」の僕たち自身も、何らかの意味で〝捕虜〟であるのではないのか、という逆説的な感情が湧いてくるものがあります。戦争の本質は、経済や思想云々よりも、このような生物学的、習慣的と呼ばれるものにこそ、潜んでいるのではないのか、と考えさせられるものが強く漂ってくるわけです。
 この『俘虜記』という作品には、そういう不可解な逆説意識がぞんぶんに書かれているといってよい風貌があります。

 

 三部「新しき俘虜と古き俘虜」

 三部では、捕虜生活の中、闘争心を奪われた兵士たちは、さらに阿諛と、醜い立身出世に骨身を削っていきます。退屈凌ぎに博打に熱中しはじめ、相撲を取り、映画を観て、笑い転げます。これら堕落の数々の出来事は、現代の私たちの生活にそっくりなことがなにより意味深いです。

 主人公は探偵小説を貪り読み、それに飽きると、商売のためにシナリオ作りに精をだします。彼も〝堕落〟とは無縁ではないです。ここに描かれたのは日常/非日常問わず、あらゆる意味での〝囚われの人間〟としての縮図でしょう。

 収容所ではあらゆる者は一度匿名になり、裸の状態になるわけです。新しい「社会」に改編されるといってよいです。主人公が他の捕虜と違う点があるとしたら、彼が幾分冷徹な視線で、これらのことを観察して、後にこうして文章に書いたという一点でしかありません。

 

 俘虜の娯楽はまず角力から始まった。これは彼等の中になお残っていた兵士の戦闘意識を快く擽るという意味で、彼等の最も愛好する遊戯であったが、俘虜の経歴が進むにつれて、歌を聴くという受身の快楽が発達した。多くの花形歌手が各中隊に生まれたが、それ等の美声が最初から著しく女性化していたのは、既に進藤の出現を予想せしめるものであったということが出来よう。花井という若い上等兵はイマモロに愛せられ、「花子」と呼ばれた。進藤の出現後、彼は無論負けずに女装したが、少し丈が高すぎかつ太りすぎていたので、イマモロの忠告によってやめてしまった。
 これらの俘虜の遊戯がショウ化したきっかけは、米兵の好奇心である。戦争がまだ終っていない頃であった。角力大会を米兵の前で演ずるについて、大隊副長のオラが演説をした。
「諸君の中には米兵の曝し物になるのを潔しとしない人がいるかも知れないが、この際大乗的見地から成心なく闘って貰いたい。収容所長から特に賞品も寄贈されています。こうして日米交歓の気運が熟して来れば、そのうち映画も見せてくれるそうであります」   (『俘虜記』大岡昇平  新潮文庫)

 

『俘虜記』というこの赤裸々なもうひとつの戦争を描いた小説をこうして通読すると、とにかく捕虜というものの生活の実体が羞恥なほど露わになっており、そこに読者がいろんな意味で驚きを隠せざるをえないというのがいちばんの事実だろうと思います。

 生きるか死ぬかの苛酷でしか有り得ないと誰しもが想像した戦争、祖国のため天皇のため親兄弟のために戦ったその殺戮の背後に、このような自堕落な捕虜の生活があり、陰惨さが少しも感じられないというのは、僕らが想像する「戦争」の現実性を揺らがせていくのです。リンチや猥雑行為はさほど氾濫せず、オカマ騒動はあるけれども、男色の野蛮さは現れず、盗癖はあっても、殺人や自殺などもありません。ドラマティックな事件性はなにも起こりません。
 アメリカという完璧で巨大なる圧力が彼らを強固に統率していたからこそ、戦時下でもこのような平穏な日常が起こりえたということは疑いないところですが、「捕虜になるくらいなら自決せよ」という当時の日本軍の軍令を熟知しているはずの彼らが、なぜ皆捕えられた後大人しい子羊としてこのように〝戦意〟なるものをことごとく喪失していったのか。

 でも彼らが卑怯者であったからだというのとは違います。こういうところに大岡昇平がこの小説を書くに至った鋭いひとつの問題意識があると僕には思えます。


 囚われの身における自由意志

 

 やがて俘虜は急速に堕落し始めた。
 戦争が終ると共に、レイテ島第一収容所三千の俘虜の心からは、唯一の道徳的棘は取り除かれた。彼らが敵中に生を貪っている間に、太平洋の各地で続々命を殪しつつある同胞に対するうしろめたさが、突然なくなった。死んだ者は運が悪く、我々は運がよかった、それだけの話だ、ということになった。あとは帰る日まで日を経たせるだけである。そして米軍の給与は申し分なかった。  (『俘虜記』大岡昇平  新潮文庫

 

 大岡昇平は帰還して初めて書いたこの長いルポルタージュ的な小説で、自身の経験した捕虜の堕落を克明に記しました。そのように戦争の持つ真実の一面を明らかにしました。戦争の惨劇を書いたりはしませんでした。彼がなにを目的にこのような作品を書いたのか。それは絶対的な価値観から逸脱していく「相対的な視線」から見られる考察を獲得するためだったというのが本質だと、繰り返しますが、僕は思えます。

 主人公は戦場で若い米兵と遭遇し、彼を狙える距離にありながらも撃ちませんでした。その邂逅が長い小説の発端となっている理由は、そこにこそ集団的でない、相対的価値意識としての個人の自由意志的なものが見出せたからです。そして、そうした偶発的な事象を考察する中にこそ、偶発ではないなにかがあるのじゃないかと理解しはじめます。

 唯一生々しい戦場の光景として描かれた、その敵を撃つか撃たないのか、という究極の状況は、戦争も平和も、殺すも殺されるも、すべては偶然の所産であるという「絶対的価値意識」を反転させていくことになっていきます。戦争も平和も、苛烈な戦場も堕落の捕虜生活も、実は「同じもの」です。主体性や人間というものが、明晰な視点で論理的に事態を解明され、集団ではない個人の作用を手繰り寄せるということが行われていくということで、そこには分析して書くという行為に次第に結びついていくものが浮き上がってくるのです。それが大岡昇平にとって、書く、ということです。

 そもそも大岡が書き記すに至ったというその行為は、なぜ敵兵を殺さなかったのか、という逡巡した自問から導かれた帰結に違いありません。この作品は推理小説ではないですが、戦争という惨事からの人間へのひとつの解答が与えられているのは確かなのです。
 大岡昇平はかつての捕虜としての自分の存在に、「戦後日本」の縮図を表面上として予見的に捉えました。戦後の日本は戦勝国アメリカの捕虜といってよいです。ここにはその戦後日本の〝堕落〟が描かれています。しかし、そのような縮図を単に描いたという以上のものが、この『俘虜記』には描かれてあります。つまり囚われの身である人間にいかなる自由意志があるといえるか。それこそをこの作品は導こうとしていくのです。


 戦後文学としての『俘虜記』

 

 人類愛から発して射たないと決意したことを私は信じない。しかし私がこの若い兵士を見て、私の個人的理由によって彼を愛したために、射ちたくないと感じたことはこれを信じる。   (『俘虜記』大岡昇平  新潮文庫)

 

 今私がその美と若さに感歎した対象は、近づく決定的な瞬間の期待を増しつつ迫っていた。その時の最初彼の顔に瞥見した厳しさがどんな比例で拡大したかは測り難く、その白い皮膚と赤い頬に拘らず、彼の顔がわたしに怖ろしく見えなかったとは保証出来ない。そしてもし私がこの時なお射ちたくないと思っていたとすれば、その映像は、一層私に堪え難かったであろう。   (『俘虜記』大岡昇平  新潮文庫)

 

 撃つか撃たないか、から端を発したこの『俘虜記』という作品の内部に潜った明晰たろうとする意識を、もう少し掘り下げてみていきます。

            ※                    ※

 戦争とは皆戦場に赴くときに、祖国のために死ぬ、という兵士としての立場を受け入れたのは間違いないことです。しかし彼らは捕まり、捕虜になる意外な事態になりました。そして彼らは捕虜としての立場を受け入れていきました。彼らはもとから「集団的な存在」でしかありません。それが人間というものの正体です。
「集団的にしか人間は生きられない」ということが、『俘虜記』には赤裸々に述べられています。大岡がこの作品に書いたのは、捕虜の実体というより、実はそれらが意味するものです。

 彼らは操られており、これは戦時中も、捕虜での生活も、また実際のところ平和な今の世界でも同じことです。人間という存在は操られて生きています。主体的に存在しているといっても、本当は〝存在させられている〟だけです。目を閉じて、ただ生きていきたいだけです。

 捕虜としての味気無い観念的な暮らしに埋没していった果て、全てが偶然の所産であり、何も本質的と呼べるべきものがこの世界にはないとするなら、全てを虚無だと投げ出してしまうのが人間の本筋ではなく、それが失われるところにこそ出発があって、そこから個人の側に対象を集約させて、この世界と対峙して分析しはじめることでなにかがつかめるのじゃないか、と大岡はこの作品でいっているように僕には思えてならないです。
 戦場で出会った敵兵は「敵兵」ではなく、自分と同じように故郷や家族を持つ〝個人〟として現れていくことを、大岡は見ています。大岡はこのときひとりの〝個人〟になっていきます。さらに、それは見ることで、分析することで、書くことでさらに大きく広がっていきます。それは「絶対的な観念」を喪失したところから発せられる唯一の自由意志というものです。

 

 絶対的運命=神は存在しない

 この小説には〝神〟が現れます。でもそれは主人公を、絶対的に救ってくれる措置では有り得ません。同じく大岡が戦争を描いた『野火』でもそれは描かれていますが、結局〝神〟は、自分を突き放す措置として大岡の作品では残酷にいつも現れており、「絶望=死」すらも与えてはくれません。本来神や絶対的なものを信じていたときから、生とはそのような偶然の所産のものではなかったのか、というようにです。

 大岡は、捕虜生活を描き、そこからくみ取られるアメリカの統制下に置かれた戦後日本をこの『俘虜記』に描いただけではないのだと、僕は思っています。絶対的な位相を失った人間が陥っていった果てに、どのような自由意志としての相対的な位相があり得るのかを突き詰めていこうとした意志こそが、ここには描かれてあると思います。
 この小説が、戦争批判は当然の如く、小説に対する批判という性格を持っているのも、そういう論点が介入しているためです。つまりこの小説は「ありのまま」(リアリズム)を描いたものではなく、それを批判した〝小説〟なのです。
 相対的価値観としての小説の措置が、絶対的な観念という措置を揺さぶるものとして書かれてあります。本来そのような志向だけに〝私〟というものが潜んでいる、と淡々とした一人称の報告的な風貌を持って、このドラマティックな様相を徹底的に排除した作品は、極めて人間の本質を最後まで綴っていくのです。

 

 虚無を潜り抜けた果てに自由へ

 大岡昇平は『俘虜記』にはじまる、この自らの戦争体験を素材にした戦記物から、恋愛小説、推理小説歴史小説、自伝的小説とさまざまなジャンルに渡って、一生に渡ってたくさんの作品を書きました。文学史的に戦記物で有名なのは、この『俘虜記』と、『野火』、大作の『レイテ戦記』辺りだと思いますが、僕は最初に『野火』を読みました。これがとても臨場感があって、まるで映画みたいに面白くて、彼の文学作品にはまっていきました。大岡昇平を最初に挑むなら『野火』がいいと思います。とにかく読みやすくて本当に面白いです。

            ※                    ※

 この『俘虜記』は戦争の惨劇を主観的に告発することじゃなく、その負の遺産を叫んだものでもなく、まったく別の戦争が描かれている戦争小説です。囚われの身である人間の宿命を直視して、その事実を記すことを訴えた、そんな稀有な作品です。「事実」を描写するといっても、ルポルタージュともまた違っていて、先にいったように、あくまでこれは小説です。この作品には明晰たろうとする主人公の主観があり、そこに絶対的な感受性を埋没させて、運命をひたすら緻密に把握し分析し、それに対する自分の考えで距離を常に測ろうとする作者の特異な視点が描かれています。

〝虚無〟が導く人生も、またあるのです。そこから一見徒労にも見える、ぎりぎりのところまで汲み取られる主体的な価値観を掬いだし育てていくことが可能です。
 なぜ敵兵を撃たなかったのかと、もう一度最後にその問いを繰り返せば、それが「敵」ではなかったからにほかなりません。そういう厳然たる脱近代的意識を、戦後を生きる大岡昇平は痕跡としてこの作品に留めたのだといえます。

 

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