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プールサイド小景・静物 庄野潤三

日本近代小説

 

  庄野潤三という作家の本を最初に読むなら、この新潮文庫版の作品集が僕はいいと思います。さらに最初に収められた「舞踏」から順を追って読むことを、個人的にはお勧めします。江國香織さんが庄野さんの影響を受けていて解説を書いていたりしているせいか――『流しのしたの骨』は庄野文学の影響が顕著だと思います――、庄野さんの後年の作品から手に取ってしまう人も多いかもしれませんが、この代表作を集めた初期作品集は、庄野文学を解するには、僕が思うに最も都合がよい小説なのです。

 

プールサイド小景・静物 (新潮文庫)

プールサイド小景・静物 (新潮文庫)

 

 

 戦後文学の一つの達成である、初期の庄野潤三の代表作が「静物」という作品です。今読んでもとても新鮮な作品です。
 凡庸も極めればここまで到達する、というような一つの見本である作品という感じですが、だからといって、実際に凡庸な作品なわけではなく、描写がとことん簡潔に突き詰められ、ストーリーが希薄で、テーマ性というものが欠如している、そんな通常の小説とは異質な衣装をまとった派手さがない無骨な作品なのです。
 一見殺伐と書かれたその手法とはうらはらに、とても過剰な作品でもあって、とにかくこんな作風にまで追い込んだ作家の文学に対する姿勢が、ひとつの極点に達しているのがわかります。このように文学性を豊饒化させていった――外見的には、痩せ細させていった――、まさに「いばらの道」であった庄野潤三という作家の軌跡が、この作品集にはあますところなく収められているのです。

 

「舞踏」について

 この新潮文庫の作品集には庄野潤三がデビューしてからほぼ十年の間に書かれた主要な作品が収められています。まず「舞踏」です。これは作者自身余り好きじゃないという、いわゆる習作の部類であるといわれているものですが、とても素晴らしい作品だと僕は思います。

「舞踏」は読者をすんなりと引き込む、それ以降とは違う〝通常の語り〟によって綴られた小説です。夫婦の不和が一見普通の家族小説の風貌を纏って描かれているのですが、その〝亀裂〟が、ある種の過剰さで描かれてあるのが、特徴的です。後に「静物」のような作品へとその方法論を遂げていった庄野潤三の文学的問題と方法意識が、この作品内部に萌芽的に胚胎していることがよくわかるのです。

 

 家族の危機というものは、台所の天窓にへばりついている守宮のようなものだ。
 それは何時からということなしに、そこにいる。その姿は不吉で油断がならない。しかし、それは恰も家屋の内部の調度品の一つであるかの如くそこにいるので、つい人々はその存在感に馴れてしまう。それに、誰だっていやなものは見ないでいようとするものだ。   (「舞踏」   庄野潤三)

 

 穏やかで日常的な家庭の描写がつづきます。何か大事件が起こったりするわけではありません。夫が浮気をして、妻がそのことを嘆く、一見どこにでもある夫婦のエピソーです。しかし、目に見えない「日常」の奥底にある〝過剰さ〟が、そこはかとなく作品には吹き溜まっているのが見てとれます。
 最後のダンスシーンがとても印象的で、この〝過剰〟さは、言葉では描くことができなかった類のもので、〝日常的過ぎて描けない類のもの〟だったから、描かれなかったといえるものです。それがこのダンスによく表れているのです。
 庄野潤三という作家は私小説作家ですけれど、彼が家族や日常を素材にしたのは、そこにこそ大きな文学的課題が潜んでいたからにほかなりません。それは、描かない、という方向でしか可能ではなかった、何か、でした。

 

「プールサイド小景」とそのほかの作品

 ここに収められた「舞踏」以降の作品を見ていきます。まず「プールサイド小景」は庄野潤三芥川賞受賞作ですが、〝それが描けないものである〟ならば、徹底的に描かないことによって、〝その不気味さを浮き上がらせる〟、という彼の世界観が確立しているのがわかります。「プールサイド小景」のストーリーはこうです。

 夫が仕事を突然解雇され、しばらくの間次の仕事が見つかるまで子供たちと市営プールで遊ぶという日々を送りますが、彼が会社をクビになったのは、実は浮気相手の女のために会社の金を借用していたことがばれたためなのです。
 子供たちはそんなことをまったく知りません。父親が平日も遊んでくれるというので、逆に喜んでいるくらいです。これは第三者の立場の者から見れば、さらにひどくとてものどかで幸せな風景に見えるわけで、電車の窓から家族仲良く父親と子供たちが水遊びしているプールの情景を見た一人の男が「あれが家庭ってやつだな、あれが本当の幸せっていうやつだな」と思うのです。

「相客」は聞き書きスタイルをとった一見変則的な技法を持った短編で、次々と語り手の脳裏に浮かんでくる細切れのエピソードが綴られている変わった構成になっているのですが、実はこの「プールサイド小景」の技法を別の形に発展させたものだといえます。
 描かれた話に共通点はありません。ただ手繰るように思い起こされるそれらにおいて、〝何か〟の関連性があるように思えてくるものが、この内部にはあるのがわかります。

「五人の男」は、さらにその聞き書きスタイルを推し進めた作品といえて、「相客」とは同じ手法でも、ただこちらの短編のほうが作品として格段に緊迫した雰囲気を持っていると僕は思います。
 タイトル通り五人の男が登場して、彼らが語り手(=私)の意識を超えた、何か取り返しのつかない、――つまり庄野的にいえば目に見えない日常に隠された過剰さ――に攻めたてられていることが〝共通〟のものとして読み取れていけるのですが、語り手がそれら時代も場所も異質な出来事を淡々と語っていく構成をとっているのがこの作品は――庄野潤三の世界とは、先にいいましたけれど、日常の底にある〝目に見えない不安〟を浮かばせることが方法として、「プールサイド小景」は極めて視覚的な作品としてそれを達成したもの、――「聞く」という行為において、何かを浮かび上がらせようとしたもうひとつの方向軸を推し進めた庄野作品だというのがわかるはずです。

「イタリア風」も、これも実によくできた短編で、読後にとても奇妙な印象が残る小説です。日本人とイタリア人との――実際には、イタリア系アメリカ人――奇妙な邂逅が、さりげないエピソードに綴られた中、不思議な雰囲気が滲むのですが、この作品のみ、ここに収録された作品群で少し異なる性質を持つように見えるのは、日常の些細な出来事が語られているにもかかわらず、そのことにかなり積極的に筆が向かっているためでしょう。主人公が能動的であることがさらに不気味な印象を醸しだしていくのです。
 主人公の知り合ったそのイタリア人の男が奥さんと別れるわけですが、その理由が何であるのか、主人公は様々に憶測をしますが、それが〝異国のものである〟ということしか描かれません。平凡なその事件が、次第に奇妙に見えてくるという方向性がこの小説の持ち味です。

「蟹」は後の「静物」の原型のような作品で、原稿用紙にしてわずか30枚程度の小品なのですが、一つの完結した世界観を確立させています。このような作品が描かれるに至った理由は、「静物」のところで、述べたいと思います。

 

「静物」について

「静物」は庄野潤三を代表する作品です。戦後文学においても重要な一作で、かつ日本近代小説史において避けられない逸品であり、この小説の世界とは、一言でいえば、〝省略の方法〟といえます。本来語りたいことが何も語られていないにも関わらず、しかし、どんな雄弁に語られた作品よりも過剰さを持ち得た、そんな逆説的な文学が、この作品です。「舞踏」から「プールサイド小景」へと突き詰められた手法が、ここに完成形として究められたといえるものがあるのです。

 


「い、い、い、い、い、いちどやると」
 老人の医者が云った。
「何度もやるようになる」
「そうですか」
 と男が云った。
 彼はまだ年若い夫であった。結婚したのはつい三年前であったが、今は打ちのめされて元気を無くしていた。
「どうもそういうのが多いな」
 あんなことをまだやるだろうか。男は物憂い心で問いかけた。あんなことを何度もやるものだろうか。
「だ、だ、だ、だいぶ応えたな」
 医者は吃りながら勢いよく笑った。その声には優しみがあった。吃りながら笑うこの人の笑いは、もうずいぶん長い間、聞き慣れているものであった。
「一回でもう沢山か」
「沢山です」
 医者はウィスキー壜を取って、男のコップにつぎ足した。男はコップの中にふくれ上ってゆく濃い色を見ていた。
「全く何が起るや分からんね」
 今度は水差を取って、ウィスキーの上に注いだ。
「一寸先は闇だね」      (「静物」  庄野潤三)

 

 従来の庄野作品と同じく、父親とその妻、子供たちの生活がつづられた家族小説です。最初全く唐突に主人公である夫の妻が自殺未遂をした場面からはじまっているんですけれど、これがよくよく読み込んでいかないと、この場面がなんなのか、読者にはわからないような作品構造になっています。さらにそれは物語上なにも発展していく素振りも見せません。

 この作品は「意味」が限りなく空無化されています。「深刻さ」と「楽しさ」は同じ背景に溶けこみ、淡いパステル調に彩られた並列的に日常を見る作家の視線のみ存在します。ここに見るべき重要な事柄は、寡黙な大人に対して雄弁である子供の配置にほかなりません。大人の事情に関しては限りなく説明が省かれてあるのに対し、小説内部において子供たちはひどく饒舌なのです。

            ※                    ※

 庄野潤三は、「静物」に限らず、どの作品も子供に非常に重要な役目を担わせています。日本の近代小説史上〝子供〟という存在を最も重要視して小説を書いたのは、僕は庄野潤三だと思います。
 彼の作品で彼らが重要なのは、ストーリーの核心を握った存在だからではなく、まったく逆で、彼らが「物語」の外の存在だからです。〝手垢に塗れた日常の苦〟から自由な存在であり、イノセントです。

 異種のエピソードの並列、改行の多くなること、淡々と描かれる日常の描写。「静物」に描かれたドキュメンタリー映像的なこの手法は、起る出来事にどのような解釈も挟み込むことも不可能にしています。作品そのものが拒絶した風味で立脚しており、巧妙に意図された作者の技法が潜んでいることさえ拭われているようです。
 意味づけするためにそんなふうに「言葉」が書かれているのじゃなく、〝意味づけする〟ことを堪えるために、「言葉」が慎重に選ばれて省かれています。「日常」という手垢み塗れてしまった語り手には、単純にカメラ・アイとしてそこに存在していることしかできないのです。そしてそれはある視線――文学的意図――によって、保たれています。それはいったなにか。ここに庄野文学の核心があります。

 

「舞踏」から「静物」へ至った文学的意義

 ここに収められた庄野文学の十年の作品を順に読んでいくと、その技法の裏に隠されたひとつの文学的課題がだんだん浮かび上がってくるのが読み取れます。
「静物」にはそもそもどんな内容が根底にあるといえるか。なにがそんなふうな作風を起立させたのか。すべての庄野の初期作品に用いられた技法の根幹には、実は日本の戦後史が深く影響しています。それは「父性」という問題意識です。

            ※                    ※

 同じ第三の新人である安岡章太郎の小説を照らし合わせて、この頃の庄野作品を読むのが最も都合がよいと僕は思います。たとえば「静物」は安岡章太郎の初期を代表する作品と同じテーマを持っており、つまり彼らはこの頃それぞれの方法と題材で「日本の戦後史」を描いたのです。

 安岡章太郎の初期代表作である「海辺の光景」という小説があります。庄野潤三の「静物」も1960年、安岡章太郎の「海辺の光景」も同じ1960年という年に発表されています。1950年代という時代は、日米安全保障条約を発展させた日米新安全保障条約があり、安保闘争が激化し、社会党浅沼稲次郎が演説会で刺殺される事件があって、アメリカでは大統領選挙があり、ジョン・F・ケネディが大統領に就任しました。安岡の「海辺の光景」は、精神病院で死んでいく母を看取る息子の話で、この〝母の死〟が、戦後の死――もう戦後ではない――、詳しくいうなら、戦前から戦中の痕跡を未だ持ったそれまでの歴史の死、と重ね合わされて描かれてあります。母が死んだとき、安岡章太郎自身と思わしきこの主人公は、物語の最後で、こんなふうにひとつの死を見るに至ります。

 

 信太郎は、ぼんやりそんな考えにふけりながら運動場を、足の向く方へ歩いていた。――要するに、すべてのことは終わってしまった――という気持から、いまはこうやって誰にも遠慮も気兼ねもなく、病室の分厚い壁をくりぬいた窓から眺めた〝風景〟の中を自由に歩きまわれることが、たとえようもなく愉しかった。頭の真上から照りつける日射しも、いまはもう苦痛ではなかった。着衣の一枚一枚、体のすみずみまで染みついた陰気な臭いを太陽の熱で焼きはらいたい。海の風で吹きとばしたい……。そのとき、いつか海辺を石垣ぞいに歩いていた信太郎は、眼の前にひろがる光景にある衝撃をうけて足を止めた。
 岬に抱かれ、ポッカリと童話風の島を浮かべたその風景は、すでに見慣れたものだった。が、いま彼が足をとめたのは、波もない湖水よりもなだからな海面に、幾百本ともしれぬ杙が黒ぐろと、見わたすかぎり眼の前いっぱいに突き立っていたからだ。……一瞬、すべての風物は動きを止めた。頭上に照りかがやいていた日は黄色いまだらなシミを、あちこちになすりつけているだけだった。風は落ちて、潮の香りは消え失せ、あらゆるものが、いま海底から浮び上った異様な光景のまえに、一挙に干上って見えた。歯を立てた櫛のような、墓標のような、杙の列をながめながら彼は、たしかに一つの〝死〟が自分の中に捉えられたのをみた。   (「海辺の光景」  安岡章太郎)

 

 庄野潤三の「静物」に描かれたのは、実はこれと同じものだといってよいです。安岡が「母」という親の存在に歴史を託したとするのなら、庄野は「父」という己の存在にその歴史を託して小説を書きました。
「舞踏」から「静物」へとそぎ落とされていったこの頃の庄野潤三文学の数々の「言葉」は、〝失われていった戦前の日本〟にほかならないのです。それが彼にとっての「父」という存在です。

 庄野潤三が最初から執拗に家族をモチーフにして小説を描いたのは、日本の歴史をそこに描きたいがためにほかなりませんでした。「舞踏」のような小説からはじまり、「静物」のような小説でひとつのピークに至る初期の十年における庄野文学とは、日本の「父性の衰弱」=「近代史の滅亡」を描いたものにほかなりません。それは段階を経て、だんだんと語りえないものに近づいていきました。それでああいう簡潔したスタイルになりました。その歴史の足跡が、この作品集に明瞭な作品形成を放って、順を追って描かれてあるのです。

「静物」というその特異な作品で示されているのは、日本の戦後における語りえない歴史の臨界点の空白というべきものです。その小説内部には終わりが示された瞬間が描かれてあって、つまりこのとき戦前から戦中へと生き抜いてきた日本の歴史が死に、新たな歴史のはじまりがまさに現れようとしました。
「静物」一篇だけを読むと、実際よくわからなかったりするんですが、この作品集に収められた作品を順を追って読んでいくと、そういうことがだんだん明らかになっていくのがわかると思います。

 

 戦前という父親の視点と戦後という子供の視点

 第一次戦後派、第二次戦後派につづいて戦後の文壇に登場した庄野潤三は、吉行淳之介遠藤周作安岡章太郎らと共に「第三の新人」と呼ばれました。彼らがいつまでも「新人」であったのは、いつまでも子供っぽくあるという、文学的揶揄も含まれていたためらしいです。僕が一番初めに買った文学全集が庄野潤三でした。これほど“イノセント”の感受性を横溢させた家族小説は類例がなく、とりわけ初期の作品の瑞々しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。何度読んでも飽きないものがあります。彼の描く子供たちは戦後派が描くことのできなかった永遠のイノセントを持っています。

 庄野作品においては、率先して父の死が描かれました。それはイノセントな子供という代えがたい尊さと引き換えとして描かれたものであることは、重要だと思います。この作品集には〝父性の死〟という一面で集約がなされて作品が選ばれていますが、子供というイノセントの方向軸も重要で、なぜなら戦後に生まれた僕らは、その庄野潤三が衰弱させていった〝死んだ父性〟を内包して生きている存在ににほかならないからです。

 初期作品に持っていた、日常に描かれた――正しくいえば、描かれなかった――庄野文学の〝過剰さ〟は、「戦後の歴史」に胚胎した〝過剰さ〟そのものです。「静物」にはそういった死を潜り抜けた果ての生々しい歴史が描かれてあります。この〝生々しさ〟は1960年代末期に学生運動として具現化し、大江健三郎の『万延元年のフットボール』(1967)などにはさらに予見的に描かれていくわけですが、「静物」以降、庄野文学もまた独自に次なるステージへと移って、さらに新たな日本の戦後史を潜りぬけていきます。

 

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