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絵画保存修復家 岩井希久子とわたしたち を訪れて。

 

 新宿のB GALLERY(BEAMS JAPAN 6F)で開催されている「絵画保存修復家 岩井希久子と私たち」に足を運びました。新宿は雨があがって、肌寒いくらいでしたが、気持ちのよい夕方の風が吹いていました。本来はもう展覧は終わっていたのですが、延期となったことで、ぼくもこの展覧会を見ることができたわけです。新宿の東南口を出て、歩いて5分くらいです。

 5月15日~6月28日 11:00~20:00(会期中無休)

 岩井希久子さんという方は、西洋絵画の修復を手掛ける日本の第一人者です。彼女はもともと画家志望でしたが、若い時に修復家への道を志します。

 まず最初に、彼女の命でもあるといえる「ハケ」や「筆」など膨大な数の修復道具が展示されてあって、その横には小川正明の「東京百景 池袋展望 音羽」(銅版画 1997)が展示されてありました。この作品は東日本大震災で傷ついたものを、岩井さん自身の考えで保存に取り組んだものらしいです。ここで「修復をせずに脱酸素密閉で未来に託す」という新しい修復の術を心得たと紹介されてあります。つまりこれは震災当時に掘り起こされた、その〝歴史〟を作品として存続させる、風化させない、というまったく新たな〝修復〟、つまりアートの存在意義、がなされているわけです。

 映像で彼女とその娘さん―彼女もまた母親の後を継いで修復家となりました―の仕事ぶりを知ることができます。岩井さんは損保ジャパンに常設展示してあるゴッホの「ひまわり」の修復をされたのですが、―ぼくはこの作品を何度も見ていますが、ゴッホの「ひまわり」のうちでも最高の部類ものです―、仕事に取り組む際の姿勢として、「画家が込めた思いに寄り添う」「迷いがなくなるところでしかスタートできない」という彼女の言葉が、とても印象的でした。クリーニングし、充填、補彩を施していく。彼女は時間をかけて自分の手で修復した作品たちをBabyと呼ぶそうです。

 

モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事

モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事

 

 

 実際に作品が展示されてあったのが、小川正明のほかに、ベトナムを代表する画家、グエン・ファン・チャンの二点の絹絵です。この修復は途方もない作業のように思えました。ひとつの作品に3年をかけたという話です。これは画家の意図であるのか、風化であるのか、後から第三者に付け足されたものであるのか。加筆を取り除き、オリジナルに近づけていく。裏紙を剥し、いったん絹の状態にする。和紙で裏打ちを治す。ようやく補彩です。剥ぎ落されたこの裏紙も展示されてありました。

 映像によって修復の様子が紹介された、岩井さんによって生まれ変わったグエン・ファン・チャンの「粉殻を吹き分ける女」(1960 絹に色彩 64.5×49.8)は、作品自体が素晴らしいものです。隣には「線香行列」(1938 絹に色彩 28.6×80.4)という修復前の作品が展示されてあり、それがいかにひどい状態のものであるか、比較ができるようになっています。グエン・ファン・チャンの作品はベトナム戦争時下で描かれて、著しく劣化が激しいのです。

 

絵画保存修復家 岩井希久子の生きる力 (ソリストの思考術 第九巻)

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 ぼくが岩井希久子という修復家の存在を知ったのは、TV放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀」でした。そのとき美術好きだったぼくは、こういう裏方の仕事があって、名画って成り立っているんだ、と感動というより恥ずかしくなった自分を覚えています。

 実際岩井さん自身この展覧会に足を運ばれることがあるようです。週末はたいてい来られるようで、気さくにお話もされるらしいと聞いて、ああ~、ととても残念に思いました。ぼくが行ったときは、おられませんでしたからね。スタッフさんのお話を聞くと、とにかく日本では「修復家」という仕事は、あまり尊重されておらず、というよりほとんど知られてさえおらず、とにかく後継者が足りない。岩井さんはそのためにも、こういう企画展などをやったり、いろいろ尽力をされているとのことでした。また日本の美術館において個性的な常設作品を保持できないのは、修復家を軽視している理由も大きいのじゃないか、というお話はすごく納得できるものがありました。

 とにかく途方もない技術力と美術を愛するエネルギーが必要な仕事ですが、「修復家」は、創作家と同等か、それ以上の存在意義のある、アートには欠かせないものなのだと、改めて感動しました。今月の28日までやっています。週末、買い物がてら、足を運んでみたらいかがでしょうか。無料ですよ。