読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ユトリロとヴァラドン 母と子の物語 展に行ってきました。

美術展覧会レビュー

 

 パリ・モンマルトルの風景を描いた、「エコール・ド・パリ」のひとりであるモーリス・ユトリロと、その母であるスュザンス・ヴァラド ンの作品を紹介する、新宿の損保ジャパン日本興亜美術館で開催されている展覧会に行ってきました。ユトリロは多くの人が名前を聞いたことのある有名な画家 だと思うんですけど、母親であるヴァラドンも絵描きなのは、意外と知られていません。

f:id:mannequinboy:20150619202915j:plain

www.sjnk-museum.org

 

  私生児として生まれたユトリロが母親であったヴァラドンを激しく愛していた話は有名です。ユトリロは父親が誰だかわからない子供として生まれています。母 が子を愛するのはよくあるストーリーですが、ふたりの場合は逆であって、これはほとんど異様なものといってよいです。アルコールに溺れるようになった息子 のユトリロに、絵を描いてみなさい、と治療の一環として美術を勧めたのが彼女、ヴァラドンでした。

 ユトリロにとって絵を描くことは、病んだ魂、を癒す行為だったことは間違いないでしょう。彼は母親以上の画家としても成功していくことになります。

 

f:id:mannequinboy:20150619203028j:plain

 モーリス・ユトリロ 「小さな聖体拝受者」トルシー=アン=ヴァロワの教会〈エヌ県〉1912年頃

  ユトリロはいわゆる初期の「白の時代」の頃の作品が最も有名で、評価が高くて、ぼくもそう思っています。今回の展覧会では、ユトリロが実際に使用したパ レットも展示されてありましたが、七割がたが白い絵の具で塗りつぶされていました。彼の絵の特徴は、単に素朴なありふれた街角の風景を描いたものなのに、 独特な詩情が漂っているところだと思います。なぜそれほどの「静寂」に絵画が溢れるのかというと、彼の特質的な技法にあります。

 絵の具に 砂や漆喰を混ぜたり、厚塗りをしたり、色をぼかしたり、とにかく「マティエール(絵の具)の画家」といってよいほど、色彩に存在感を持たせようとしているんです。そ ういう意味でいえば、印象派以降から抽象画へと至る、美術革命を起こした画家のひとり、といっても間違いないと思います。単なる風景画家ではないのです。

 

f:id:mannequinboy:20150619203237j:plain

モーリス・ユトリロ 「郊外の教会」 1920-1922年頃

 

  今回の展覧会においては、ユトリロとヴァラドンの絵が同じ40点ずつ飾られてありました。ヴァラドンの絵のほうは、豊かな色彩に溢れた激情的な作風で、同 時代のフォーヴ」(アンリ・マティスやモーリス・ド・ヴラマンクらが起こした、色彩を重要視する絵画運動)に影響を受けたんだと思うのですが、人物を描い ても静物画を描いても、温もりというより、熱烈なものが絵画に爆発していまして、一方やはり色彩を重用していた画風を持った息子の描いた作品が、まったく 実に素朴であって色が少ないという、その対照性が非常に面白い見どころだったと思いました。ヴァラドンという人は実際とても奔放な人であって、多くの男と 浮名を流し、画家たちに愛されて、若い頃はモデルをつとめていたということで、それが絵を描くきっかけだったようです。

 やがてヴァラドンユトリロの友人であったアンドレ・ユッテルという21歳も年下の男と再婚して、彼らは不思議な三角関係を描いていくのですが、ユトリロの絵を誰よりも理 解したのは、その生涯友人であったユッテルであったといわれていて、これも実に意味深いエピソードです。

 後期になるにつれてユトリロの作 品は変化していきます。厚塗りではなく、軽妙な印象が漂い、色彩が豊かになっていきます。この時期アルコール中毒症状の悪化で、パリを離れて治療に専念し ていたといわれていますが、確かに彼の精神状況に変化が起こったのは間違いないでしょう。

               ※               ※

  ゴッホセザンヌのように実際に風景を観ながら描いたのではなく、絵葉書を観ながら絵を描いたといわれているのも、ユトリロの特徴的事柄です。なのに、そ こに独特の詩情が溢れるのは、先ほどのマチエールの技法に関連していくものがあるわけですが、なによりぼくが思うに、彼が見たものをそのまま「写実」しよ うとしたのではなく、自分が母親と生まれ育った「モンマルトル」という場所を、技法を駆使することで、永遠にしようとしたからそうなったのかな、と思えてな らないのです。

 

f:id:mannequinboy:20150619203445j:plain

モーリス・ユトリロ 「サン=ピエール教会とサクレ=寺院、モンマルトル」1910年頃

  ぼくが今回の展覧会でいちばん好きだったのは、この絵でした。彼のやはり初期の「白の時代」の頃のものですけれど、ぼくは今回の展覧会では、後期の作品も たっぷりと観れて、「意外とその頃の絵もいいんだ」と再発見がありましたけれど、やはり「白の時代」の絵の独特さは、ほかの名画にはない、なんともいいが たい慈しみみたいなものが感じられてならないです。とにかくこの詩情はどこからくるのか。ユトリロは「線」も重要視した画家でしたが、この作品なんかには それらの、ユトリロ的、としかいいようないセンスがとてもよく現れていると思うんです。

 損保ジャパンでは、常設されてあるセザンヌゴッホゴーギャンのあの名品三点も観れます。グランマ・モーゼスの心温まる風景絵画のコレクションも豊富で、とても贅沢な展覧会でした。