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画鬼・暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル<後期> 展へ行ってきました。

美術展覧会レビュー

 

 三菱一号館美術館で開催されている「河鍋暁斎」展の第二弾、つまり「後期」のレビューです。開催期間は、8/4~9/6までになります。

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画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル|三菱一号館美術

 

「前期」6/27~8/2のレビューはこちらにあります。

 

mannequinboy.hatenablog.com

 

 まず「前期」と「後期」で、展示内容のなにが違うのかを述べます。

 構成自体はなにも変わっていないです笑。暁斎を画壇で一躍有名にした「枯木寒鴉図」(明治14年)からはじまるこの展覧会は、弟子の建築家のコンドルの紹介内容、展示作品もまったく同じで、「前期」で暁斎の傑作だとぼくがいった「鯉魚遊泳図」(明治18-19年)や「白鷲に猿図」(明治17年)も変わらずあり、茶目っ気たっぷりな絵日記も同じ、美人画春画もそのままな感じでしたね。

 では、なにが違うかというと、動物画や幽霊・妖怪図などに、若干の展示替えがあったと思われます。

 たとえば、チラシの絵に使われている、この「鳥獣戯画 猫又と狸」は後期のみです。生き物を描かせると――それが妖怪だろうが骸骨だろうが笑――暁斎はとても上手いです。それがわかる象徴的な一品ですね。

 

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河鍋暁斎 「鳥獣戯画 猫又と狸」

 同じ「鳥獣戯画」シリーズの「動物行列」(明治)も「前期」はなかったはずです。これもとてもよかった。メトロポリタンが所蔵する「猿」を描いたものが、暁斎にはいくらかあるのですが、こちらもいくらかの変更があったと見受けられます。これらはどれも本当に傑作なんです。体毛の描き方などすごいです。

「前期」で絶賛した「竹虎之図」(明治21年)はなく、代わりに 「岩上の鷲図」(明治9年)があり、これは一幅の絵ですが、比較的大き な掛け軸で、暁斎らしく大胆に描かれたもので、まさしくその技が発揮された傑作だと思いました。「月に狼図」は「前期」と同じようにあって、月を背景に狼が人間の生 首を加えて いる絵なんですけど、これもやはり本当に凄い絵だな、と再び思いましたね。

 あと、人間の腐乱死体を描いた「九相図」(製作年不詳)も、「後期」のみだった気がします。死体も上手いんですね笑。独特で、妙なリアリティーがありました。

               ※               ※

 河鍋暁斎(天保2年4月7日〈1831年5月18日〉 - 明治22年〈1889 年4月26日)という絵師は、最近急速に再評価されています。浮世絵と肉筆画の両方を兼ね備え、江戸から明治へと繋がる時代を駆け抜けた、ユーモアも威厳さも兼ね備えた、多彩な才人です。墨のコントラストで対象に迫る技法は、やはり彼の持ち味で絶妙なものでしょう。

 彼は師匠の歌川国芳(国芳は浮世絵師といっていいと思います)より、技量は下かもしれないなと、以前に江戸博物館で「国芳暁斎展」を観たときとは逆の感想を、意外にもぼくは今回少し持ちました。

 緻密な部分は、暁斎はどうも不得意なんでしょう。敢えてやっているというより、雑な人だったんだと思います。人間の表情や生態はかなり細かいのですが、背景などはかなり乱れたものが多く――狩野派的といえばそういえますが――、それが仇となって、うまくいっていない絵もちらほら散見され、逆にその大胆さが上手くいっている場合もあります。暁斎は凡作の類ももかなり残した絵師なんじゃないでしょうか。

 そういえば、「風俗・戯画」の展示もかなり「前期」とは内容が変わっており、「蟹の綱渡り図」(明治前半)、「新板かげづくし 天狗の踊り」(慶応3年)などは、暁斎の持ち味が十分に発揮された傑作だと思いました。

 

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河鍋暁斎 「美人観蛙戯図」 (明治前半)

 暁斎展の最後は「美人画」で締めくくられます。やはり暁斎の代表作は、この展示会の「前期」にも「後期」にも飾られている、「横たわる美人に猫図」(明治前半)と「美人観蛙戯図」(明治前半)なんじゃないでしょうか。このふたつの絵には、非常に深く彼の偉業を考えさせられるものがあるように、ぼくには思われてならないのです。

 ただ美しさを描いているのじゃなく、その瞬間のドラマ性の中に、人間の内面性を見出そうとしていることが、絵から伝わってきます。彼の絵は継承しているはずの浮世絵や狩野派、さらにやまと絵とはやはりまったく違っていて、「文学的」といってしまってもいいと思います。

 話が長くなるのでやめますが笑、彼が古典を多く題材としたのは、確実に理由があったと思います。彼の絵心はひどく「近代的」なものなんですが、それが以前の絵師たちとも、また懐古的である、新しい明治の日本画家たちとも決定的な隔たりを持つに至ったのは、彼の絵師としての「存在性」にほかならないものでしょう。

 ぼくは二回行っちゃいましたが笑 まだ足を運んでいない、という方は是非一度行ってみて欲しいです。日本の絵とはどんなものか、その真髄の凄味をその目で実際に確かめて欲しい、と心から思う展覧会でした。

 

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 東京駅から向かう途中の丸の内通りに、草間彌生のオブジェがあります。なでなでして帰ってきました笑 丸の内通りには、いくつかほかにも彫刻作品が展示されてあります。