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孤高のリアリズム - 戸嶋靖昌の芸術 - スペイン大使館 へ行ってきました

 

 スペイン大使館で開催されている「孤高のリアリズム 戸嶋靖昌の芸術」展へ行ってきました。会期は2015年11/5~28と、非常に短期間で、興味がある方はすぐに駆けつけましょう。月~木は17:30まで開館していますが、金土は15・30で閉館で、さらに日曜は休館ですので、これはすごく気をつけてください。

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shigyo-sosyu.jp

 戸嶋靖昌(1934-2006)とは、どんな画家であったでしょうか。ぼくも実のところ「戸嶋靖昌記念館」があることを知ってはいましたが、いざ観てみようと、思い立つことはこれまでありませんでした。今回のような機会がなかったら、きっと彼の作品を目にすることもなかったかもしれません。

  戸嶋靖昌は秋田県生まれです。少年期から絵を描きはじめ、後に武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)に入学。最初は彫刻を製作していたようです。実際彫刻も彼は得意としており、今回も展示されてあります。彼の個展がスペイン大使館で開催される理由は、戸嶋が非常にスペインという国と縁が深いからです。

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 戸嶋靖昌 若さにしのびよる「老い」の影を描きたい。油彩 1984

 戸嶋靖昌はバロック芸術に強い関心があったため、後にスペインへ渡ります。72年の生涯のうちの実に30年ものあいだをスペインで暮らしたのです。確かに作品を観ると、スペインのバロック芸術の巨匠ベラスケスの作品に強い影響を受けた痕跡がうかがわれます。ただ今回の展示会のタイトルがいみじくも示しているように、戸嶋の作品は、過去の巨匠たちの筆致を継承し学びながらも非常に「個人的な作品」だ、という印象をもたらします。

 彼の作品はひたすら「陰鬱さ」に満ち溢れています。建物を描けばユトリロ風にも見えますし、肖像画はレンブラントを髣髴とさせます。カンバスをギザギザに刻み込んだ様子は、アンフォルメルの画家、ジャン・デュビュッフェをぼくに想起させましたし、厚塗りの人物像はウィーン世紀末の画家、オスカー・ココシュカを呼び覚ましました。作品から醸し出される荒廃した印象はアンゼルム・キーファーにも通じる感性もあったと思います。

 しかし、美術だけではなく、文学や他の芸術、それらの古典から学んで再構築していった彼の絵画は、ひたすら戸嶋靖昌という個人の内部に留まり発酵し、印象派以前の絵画へと遡行しながらも、歴史と切り離されていく印象を覚えました。それはまるで鑑賞者を拒んでいるかのごとくです。

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 戸嶋靖昌 街・三つの塔 - グラナダ遠望 1984年

 生前の戸嶋のよき理解者であった執行草舟は、彼の芸術をこんなふうにいっています。「人間や文明の根源ではない、生命の根源、物質の根源を描こうとした、戸嶋の暗さは、生命の抱える悲哀さから生じるものだ」

 彼の作品の魅力は、内面的な「個」であることに、執拗にこだわった箇所にあったのは、間違いないでしょう。

 ぼくは先ほど展覧会があったばかりの鴨井玲(1928-1985)などとも共通する「孤高さ」を感じましたが、もっと息苦しいまでの「厳正」さというか、「崇高」なるものに接近したい画家の切迫した魂が見え隠れする感銘を覚えました。

 個人的には人物画と、静物画が、圧倒的によかったです。

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 今回の展覧会は観覧は無料ですが、年譜とチラシ、新聞記事と、クリアファイル、それから好きなポストカードが一枚、これらもすべて無料でもらえます。ちなみに「ほかのポストカードもお金を払うので買うことができませんか?」と受付の方に頼んでみたのですが、「もし、欲しいのなら、再訪してください、そうしたらまたさしあげます」とのことでした笑。何回来てもかまわないらしく、実際数回鑑賞しにくる観客も多いとのことです。

 このスペイン大使館で開催されている展覧会ですが、「普段、あんまり美術とか観ない」という方にこそ、是非勧めたい展覧会だと、ぼくは思いました。100点余りの展示の多さで、これはほとんど美術館レベルといってよいですし、作品も傑作揃いです。でも、本当の理由はもっと別の側面にもあって、このような個人の感性に基づいた絵だからこそ、絵画史から切り離して鑑賞することが可能で、そして戸嶋とはそういう画家で、そういう人たちにこそ、自分の作品を観てもらいたかったのだ、とぼくは強く思うからです。