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金銀の系譜 -宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界- へ行ってきました。

 

 青嘉堂文庫美術館で開催されている「金銀の系譜 -宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界」と題された展示会へ行ってきました。

 青嘉堂文庫はぼくは初めて訪れる美術館で、世田谷区二子玉川駅からバスで15分くらいのところに建っています。さらにバス停から坂道を10分くらい歩いていかなければなりません。この辺は要注意です。

 さらに、たぶんぼくがあらゆる企画展といわれるもので一番観ているのが「琳派展」だと思いますけど、「宗達・光琳・抱一」が観られるのなら、というわけで、行ってきたわけですが、青嘉堂文庫の展示は、一貫して常設展であり、つまりその企画に合わせていろんな美術館からレンタルして展示するものではなく、当館に所蔵される作品の展示のみに限ります。

 というわけで、規模は非常に小さく、こじんまりとした印象をぬぐえなかったわけですけど、この美術館はなんと国宝を7点も所蔵しています。重要文化財も多数持っています。世界に三点しかない「曜変天目」も所蔵しているというんだから、まあ怖ろしい限りです。

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www.seikado.or.jp

 今回の展示の注目は、なんといっても俵屋宗達の「源氏物語関屋・澪標図屏風」。宗達は国宝が三点ありますが、そのひとつがこれです。

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 俵屋宗達 「源氏物語関屋・澪標図屏風」 6曲一双 江戸・17世紀

(上が右隻の「関谷図」で、下が左隻の「澪標図」です)

 俵屋宗達本阿弥光悦と江戸初期に活躍した「琳派の祖」とされる絵師ですが、絵屋を開業していた人で、今でいえば、画家というより、デザイナーに近い方でしょうか。商品であるものに捺された商標としての印象が「伊年」と詠める朱文円印のブランドマークをもっぱら用いて、最初の頃の作品はこの捺印が押されてあります。

 この屏風に描かれた題材は『源氏物語』です。

 源氏が29歳の秋、住吉明神石山寺に参詣した際、かつて縁を結んだ女性と偶然再会する場面を宗達が描いたもので、テーマはありきたりで、源氏物語は実際これまでにもたくさんモチーフにされてきたわけですが、それまでの源氏絵とはちょっと趣が違うのです。

 宗達は、主要人物を敢えて描かずに、俯瞰した「風景図」として捕えました。宗達が本当に表現しようとしたのは、背景の金や、山の緑、白砂の銀などの色彩にあったのは間違いなく、もちろん題材が重要じゃないといっているわけじゃありません、構図は意図的な対比によって構成されて、人物や牛、樹木の形態は中世の絵巻からそのままの形で引用されており、つまるところそこに現れる「装飾表現」に力を注いだのです。

 俵屋宗達と書家であった本阿弥光悦らが江戸初期にかけて目論んだのは、優美な王朝時代の美意識を復興させることであり、いわば古典への回帰でしたが、まさしくルネサンスです。ふたりが「新たな芸術」を模索して、独自に開化させたものは、装飾の美意識でした。その革新性は、しかし、忘れ去られていきます。彼らの作品は当時の裕福層や上流階級や公家に支持されていたわけです。

 それを100年後に発見するのが、尾形光琳、その弟の乾山です。光琳の場合は装飾をさらに抽象化させた作品です。またそれは忘れ去られていきます。さらにそのまた同じ100年後に、酒井抱一という絵師が「琳派」を再発見するのです。

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 酒井抱一 「絵手鑑」(部分) 一帖 江戸・19世紀

 今回抱一の「波図屏風」(江戸・文化12年・1815)を観ることができました。抱一らしい銀箔の貼られた屏風で、「光琳が金なら自分が銀だ」と抱一が果敢に挑んだ大胆な大作です。抱一は光琳が宗達の「風神雷神図」を模写した裏に、彼の最も代表的な作品である「秋草図屏風」を描いたりして情熱ぶりが激しいんですけど笑、今回もやっぱり抱一が編集した「光琳百図」が展示されていました。これを観ていると、この人の琳派に対する愛情はほとんど執念だとつくづく思えます。

 ぼくがもっとも感銘を受けたのは「絵手鏡」という作品で、これは画集です。全部で72の抱一の絵が貼り込まれています。館内では、数作しか観覧することができませんが、映像で全部を鑑賞することができます。

 これを観ると、抱一は光琳のみならず、狩野派、土佐派、円山四条派、中国画、師匠筋であった谷文晁はもちろん、同時代の伊藤若冲にまで影響を受けた貪欲さをうかがい知ることができて脅威です。執念深いだけでなく、とても探究心のある人であったことがわかります。片や、吉原に足繁く通う遊び人でもあって笑、人をまとめるリーダー格のボス的存在でありながら、どの絵にも抱一特有の抒情性(悲しみ)が満ちているのも、また不思議です。

 青嘉堂文庫美術館は大きくはないですが、ここでしか観られない作品が確かにあります。日本美術好きの方は、一度足を運ばれてみたらいかがでしょうか。

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