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金澤翔子 書展 へ行ってきました

美術展覧会レビュー

 

 伊藤忠青山アートスクエアで11/11~12/20まで開催されている「金澤翔子 感謝」と題される展示会に行ってきました。書の展覧会です。入場料は無料です。これは2013年にやはり開催された、彼女の書展の第二弾になります。

 2015年を締めくくる展覧会のタイトルを本人にご相談したところ、「感謝」という言葉が返ってきたところから、この題となったようです。実際「感謝」という楷書が展示されてあります。書家である金澤翔子さんは、ダウン症という障害を抱えています。

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www.itochu-artsquare.jp

 個人的などうでもいいことですけど、ぼくは小学校の頃書道を習っていたんです笑 でも理由があってやめてしまいました。トラウマのひとつになっている出来事で、今度ブログにでも書いてもいいかもしれません。だから書に関心がないわけじゃないのです。

 江戸期の書家である本阿弥光悦らの作品やほかの絵師たちの書、たとえば文人画の絵師たちは絵に文字も書きますし、琳派酒井抱一などは俳句をやっていただけあって、字も達筆です、昔の書はよく目にしますが、でも、現代の書に関してはぜんぜん疎いんです。展覧会もほとんど出かけないんですね。なので、今回も空いた時間を利用して、ぷらっと行ってきたんですが、よかったです。迫力がありました。

 ぼくは屏風絵が好きなので、ほとんどの作品が四曲屏風でしたから、それもとてもよかった点です。

 個人的には、隷書で書かれたNo.009の「断捨離」とか。「断捨離」は、なにもかもを捨てて自由に生きる意を差す言葉ですけど、解説で柳田泰山氏が、「翔子さんはこの三つの要素を何も持ち合わせていないような気がします。最初からそのようなものはない、無の世界を持っています。自然体なのかもしれません」と書かれていて、改めて、無、という言葉の意味と、アートの関連性、さらに人間の存在性を考えさせられたような気がします。

 伊藤忠商事が所蔵している「ひとりの商人 無数の使命」という作品も飾られてあったんですけど、これは屏風じゃないですが、ここにもやはり「無」という言葉があります。ほぼ中央に書かれた、もっとも大きな言葉としての「無」の存在感と、全体の不調和としかいえないアンバランス感覚が絶妙で、これがいちばん好きだったかもしれませんね、ぼくは。

www.k-shoko.org

 金澤翔子さんは、もともと母親の泰子さんが書家で、5歳から書を習いはじめて20歳のときには銀座で個展を開いています。チェコでも個展を開催していて、世界的なアーティストといってよいです。一般的には2012年のNHK大河ドラマ平清盛」の揮毫(毛筆で書いた文字)によって、知名度が広まったんじゃないでしょうか。彼女の公式サイトもあります。今回の展示は、地下鉄銀座線の「外苑前」駅から、徒歩2分ほどのシーアイプラザB1Fです。19時までやっています。無料なんで、是非行ってみて欲しいです。