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肉筆浮世絵 美の競艶 展に行ってきました

美術展覧会レビュー

 

 上野の森美術館で、2015年11月20日(金)~2016年1月17日(日)まで開催されている、「シカゴ・ウェストンコレクション 肉筆浮世絵 美の競艶 浮世絵師が描いた江戸美人100選」と題される展覧会に行ってきました。

 恒例により、日本画は展示替えがあるため、12月20日までが前期、22日からが後期なので、ぼくは後期を鑑賞してきたことになります。

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www.ueno-mori.org

 祭日に行ってしまったためか、とにかく大勢のお客さんで混んでいたんですけど、観覧できないほどではなかったです。

 会場は7つの章に分れています。

「第1章 上方で展開した浮世の絵」では近世初期の美人画が展示されています。この頃浮世絵の肉筆画がはじまったとされています。

「第2章 浮世絵の確立、江戸での開花」では、菱川師宣の「立姿遊女図」(元禄元年・1688~1704年頃)が展示されてあります。菱川師宣は浮世絵の流派をはじめて形成した、浮世絵の祖といわれる絵師で、菱川派から分派した古山派らも登場してきて、この頃の作品が展示されてあります。

 師宣の「立姿遊女図」は、それ以降の「肉筆画浮世絵」の基本を決定したような作品といえ、背景は描かれず、人物のみが描かれ、その独特な線描によって女性を描いています。細かく描かれるのは着物の艶やかさのみで、たいていの女たちは、いわゆる「しな」の様子を描いています。

 これは現代の漫画にまで通じる日本美術の特質だとぼくは思うんです。描かれる女性たちのあだっぽさ、それを出すためにある種極端にまで強く、ときにはデフォルメされた「線」の描き方が、日本美の原点であり、ある意味到達点でもあるのじゃないかな、と。古山師政による「遊女と禿の羽根突き図」(元禄14年~延享年間・1701~48年頃)に描かれたふたりの羽子板を持った着物姿の女性の極端なまでの体の曲線は、写実ではなく、あきらかに「しな」の内面を描きだそうとした試みによるものでしょう。これもそういう象徴的な作品といえると思います。

「第3章 浮世絵諸画派の確立と京都西川祐信の活動」では、西川祐信という特筆すべき絵師の「髷を直す美人」(享保年間・1716~36年頃)がとにかく絶品で、東川堂里風の「立姿遊女図」(正徳~享保年間・1711~36年頃)や、宮川一笑の「吉原正月の景」(元文年間・1736~41)、「帯を結ぶ美人図」(元文~寛保年間・1736~44)や、川又常正の「香を聞く美人」(享保15年~延享年間・1730~48年頃)もとてもよかったです。

 西川祐信はそれほど有名な浮世絵師ではありませんけれど、肉筆画となればべつです。彼は風俗画に古典的感覚を取り入れ、浮世絵にひとつの革新を与えたといえる絵師です。

「第4章 錦絵の完成から黄金時代」では、有名どころの勝川春章が登場してきます。春章は最初ブロマイド的な役者絵を描いていたんですが、だんだん肉筆画に向かい、美人画をひとつの頂点にまで極めた絵師だといってよいです。「納涼美人図」(天明7~9年・1787~89年)が個人的に凄くよかったです。

 この頃、いわゆる錦絵と最初いわれていた「浮世絵版画」、その祖である、やはり女性を描かせたら天下一品の鈴木春信のブームは最高潮に達していました。これに反動するようにして、多くの絵師たちが己の筆を揮うように現れてきたわけです。たとえば、この展覧会の一つの見どころとして、ここで若かりし頃の葛飾北斎が宗理を号していた「七福神酒宴図」が観られるのは貴重です。個人的には、鳥文斎栄之の「七福神吉原遊興図絵巻」の的確な人物描写、繊細な色合いはみごとというほかない作品でした。

「第5章 百花繚乱・幕末の浮世絵界」では、葛飾北斎喜多川歌麿ら、続々と名だたる絵師たちの、美人画が登場してきます。

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 初代歌川豊国 「時世粧百姿図」(部分)

 ぼくはこの展示会の最大の山場なんじゃないかな、と思ったのが、ここで展示されていた、歌川豊国の「時世粧百姿図」でした。これは二十四葉からなる作品で、すべては展示されていませんけれど、前期と後期に分けて、その多くを鑑賞することができます。

 さらに、傑作だと思えた作品が、藤麿の「美人戯犬図」(文政7年・1824)、蹄斎北馬の「雪中常盤図」(天保年間・1830~44年)などで、藤麿は、歌麿の門人のひとりでしたけれど、肉筆画を中心として活躍した絵師でした。帯のグラデーションの筆致が普通じゃないです。艶やかさを越えて、光沢を放っています。表情から声を発しているのが分り、これは明らかに歌麿の影響下にある描写だとわかりました。蹄斎北馬は北斎に学び、やはり肉筆画を得意とした絵師でしたが、詳しい経歴は不詳で、個人的には彼の作品が、今回の展示会の最大の収穫だったかもしれない、と思っています。

 ほかにも渓斎英泉の「夏の洗い髪美人図」(天保年間・1830~44)も傑作でしたし、北斎の「美人愛猫図」(享和~文化年間・1801~18年)は、女性の姿顔は従来の美人図なのに、猫だけが異様にグロテスクという笑、いかにも北斎らしい感じで、これもとてもよい作品でした。

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 葛飾北斎 「美人愛猫図」

「第6章 上方の復活」では、浮世絵が停滞をみせた時代に現れた月岡雪鼎とその門人たちの作品、さらに京都で活躍した祇園井特の作品が展示されてありました。

 祇園井特という人の絵を、ぼくは実は今回初めて観たんです。驚きました笑 祇園井特は美人画を描いた歴史上の絵師において、最も個性のあった人でしょう。浮世絵的な抽象性を排して、顔をリアルに描き、逆に、たとえば下駄の鼻緒などに微細な細工を凝らしてみせています。その美女の顔が、今風のイケメン顔に近いのがおかしいです笑

「第7章 近代の中で」は、最後の役者絵師といわれる豊原国周と、幕末の鬼才河鍋暁斎と、最後の浮世絵師といわれる小林清親――ぼくの大好きな浮世絵師のひとりです――の作品で締めくくられて、展示は終わりです。

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 河鍋暁斎 「一休禅師地獄太夫図」

 暁斎の「一休禅師地獄太夫図」は彼の得意とする骸骨が美人画にすら登場しているわけで笑、それが三味線を弾いていて、その頭に一休が乗っているという、こんな発想一体どこから来るのか、という、相変わらずの暁斎節炸裂の作品ですけど、絵がやっぱり絶句してしまうほど素晴らしいです。

 小林清親は西洋の絵画様式を取り入れて浮世絵を描いた絵師で、「祭芸者図」(明治30~大正4年・1897~1915)は、これは見れてよかったです。後期のみの展示だったので、行ってよかった! 

               ※               ※

 今回の展覧会は、シカゴ在住の日本美術のコレクターである、ロジャー・ウェストン氏が所蔵する作品から、129点の浮世絵の肉筆画が展示される企画内容でした。個人所蔵の展覧会ですが、充実度は高いです。あまり著名ではない絵師たちの肉筆画が観られる機会は少なく、なぜならだいたいそういう作品は個人が所有している場合が多いからです。なのでこのような展示会はわりと貴重だと思います。

  もともと日本画――やまと絵といいますが――は、権力者たちが絵師たちに大きな屏風絵を描かせることが長い歴史としてありました。でも、江戸初期辺りから、この文化 が大きく変化していきます。日本美術を代表する「浮世絵」というものを考慮する場合にも、このことを念頭に置いておく必要があると思います。

 江戸期に入ると、商売でお金を儲ける人たちが出てきて、それで絵 を描かせる者も現れるわけです。よって同時に、新しい絵師たちも登場してくる。ここに起ったのは、まさしく現代にも通じる需要と供給に則ったアートのイノベーションでしょう。武士たちは自らの「権力」を誇示するために、アーティストたちに絵を頼んだわけですが、商人たちはもっぱらその娯楽のために絵を注文したわけで、そこで最も描かれたの が、美人画、だったというわけです。

 浮世絵はもともと「錦絵」といわれ、それほど裕福でもない一般庶民にも多く親しまれましたが、肉筆画はやはり一点ものであって、同じ商品であってもアート性は高かったようです。歌川広重など、今浮世絵師としてすっかり定着してしまっていますが、彼の本当に描きたかったのが肉筆画だったことは、有名な話です。浮世絵としては広重が一歩リード、肉筆画としては北斎がリードが、ぼくの考えです。北斎は肉筆画も異常に上手く、かつ独特です。

  傑作を次々鑑賞したい、という方には不向きの展覧会かもしれませんが、ぼくのような、ふだん観られないものを観たい、という人には格好の催しだったように 思います。是非、どうぞ!

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 クリスマスシーズンだったので、行ったときは、イルミネーションが綺麗でした。

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