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秋山陽 アルケーの海へ に行ってきました

美術展覧会レビュー

 菊池寛実記念 智美術館で開催されている「秋山陽 アルケーの海へ」展へ行ってきました。期間は、4/2-7/24です。陶芸作品展です。陶芸、といえば、智美、ということで、今回も行ってきたわけですが、正直いって、こんなにぶっ飛んだ展覧会へ足を運んだことは、僕にとっては初めての体験でした。

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www.musee-tomo.or.jp

 秋山陽は1953年生まれの、日本を代表する陶芸家です。京都市立芸大の教授を務め、毎日芸術賞をはじめ、様々な賞を授与された経歴を持たれています。

 陶芸といえば、花器や皿、壺などを想像する方が多いと思いますが、秋山の作品は、それらのどのジャンルにも属していません。一般的にノンジャンルのものは「オブジェ的作品」と呼ばれるのですが、それも相応しくないように思えます。実物をご覧になれば、わかります。

 とにかく、こんな陶芸を観たことがありません。というか、僕が単純に思ったのは、陶芸というのは、幅が広い、奥が深い、こんなことをやってもいいんだ、ということでした。油絵でも日本画でも彫刻でもなく、やはり現代陶芸こそが、日本美術の革新を担っている、といって間違いないでしょう。

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 今回は新作近作を中心に、秋山の40点の代表的な作品が展示されています。「アルケーの海へ」と題された作者自身による言葉が、館内に掲げられています。アルケーとは“原初”という意味です。初期作品は鉄のように見え、形態は具象を留めていますが、完全に抽象美術でしょう。秋山は、陶芸をやりはじめた最初の頃から、自分には原初への憧れが満ち溢れていた、といっています。

 写真で紹介できないのが、残念ですが、例えば秋山自身が、自身で作品のタイトルが何を意味しているのかを説明しています。黒陶、準平原地質時代、フォーオシレーション、メタヴォイド、ヘテロフォニー、抱卵のかたち、と、多くが地学用語であり、また秋山自身による造語も含まれます。作品は「無題」とされるものも多いです。

 これではレビューにならないので、なんとか秋山陽の陶芸を砕いて説明しますと、黒褐色と、なによりその巨大さが作品の最大の特徴だと思うのですが、これは造形、黒陶、もしくは本焼き焼成後に鉄粉を施して作られています。なぜそうしているかというと、大地をイメージさせるためです。本当に深海に潜って目撃したかのような、驚きに満ちたその形態は様々であり、ときにはユーモラスで奇怪ですが、作品に一貫しているのは、質感や量感の表現に土の物性が感じられることです。つまり生命があるのです。

 秋山陽という陶芸家は、目にされる土ではなく、目に見えない土に魅了された作家といってよいでしょう。それは深海の底にあり、それこそが人間の生命の根幹を為している。さらに特徴として、彼の陶芸は形というより、動き、が魅力です。これは僕の勝手なイメージですが、彼はその作品によって「ひとつの宇宙」を創っている、と思うのです。それは再現ではなく、想像することによってです。

 独自の道を究めつづけ、今なお最先端を走っている陶芸家の秋山陽の個人展です。普段とは違った美術体験をしたい方には、是非お勧めです!

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