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鈴木其一 江戸琳派の旗手 展へ行ってきました

 六本木・東京ミッドタウン ガレリア3階のサントリー美術館で開催されている「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展へ行ってきました。開催は、2016.9.10(土)~10.30(日)。休刊日は火曜。開館時間は、10時~18時です。金・土および9.18(日)、9.21(水)、10.9(日)は20時までです。

 琳派展は毎年のように、都内のどこかの展覧会で催されていますけれど、鈴木其一の個人展は、僕が知る限り初じゃないのかな、と思います。日本画好きならば、行かずにはおれないでしょう。

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www.suntory.co.jp

 鈴木其一(きいつ、1976-1858)は、江戸後期を代表する琳派の絵師です。琳派の絵師といえば、俵屋宗達尾形光琳酒井抱一、が御三家として有名ですが、四番目の琳派の代表選手として、近年ぐんぐんとその評価が高まっているのが、其一です。彼は、その酒井抱一の弟子です。

 18歳で抱一下に入門します。が、すでに抱一の下には鈴木蠣潭(れいたん、1792-1817)が一番弟子としていましたので、正確には彼の下についた、ということになります。そして其一が入門して、僅か四年後に蠣潭が急死し、その姉?妹?と結婚をして、鈴木家を継ぐことになるのです。

 其一の画風の特徴は、師匠の抱一はもちろん、そしてこれも抱一に倣ったんだと思いますけど、抱一が私淑する光琳の影響が強く、デザイン性を強調したその絵柄は、初期から一貫して変わるところはありません。ただ光琳のような抽象性はなく、細密な筆致で描くのが特徴で、これもある部分は大胆に、ある部分は狂気めいたほどリアリズムを徹底させる描写をしており、ここら辺の彼の特質については、後にちょっとだけ個人的意見を述べたいと思います。

 ジャンルは抱一以上に幅広く、花鳥画、月次画、山水画、物語絵、風俗画、仏画節句画、扇、凧、羽子板、絵馬など、多岐に渡ります。息子に守一がいます。彼の絵も今回は見ることができました。

 展示は五章に分けられてあります。ただ順路として、第四章が第三章より先に展示されてあったり、作品設置の理由で致し方ない部分があったのでしょう、必ずしも守られているわけではありません。

 展示内容を、紹介しておきます。

 序章では、抱一と最初の弟子であった蠣潭、さらに其一との関係が知れる、彼の作品が展示され、――抱一の掛け軸が最初に数点ありました――、第一章は、「江戸琳派の始まり」と題された、其一の初期作品の展示、第二章は、「其一様式の確立」と題された、それらの作品の展示、第三章は、「絢爛たる軌跡」と題された、其一が幅広く活躍した頃から、晩年の傑作に至る作品の展示、そして第四章は、「其一派と江戸琳派の展開」と題された、其一を継承したそれ以降の琳派絵師たちの作品の展示となっていました。 

               ※          ※

 今回は、少し粗雑なレビューになりますが、僕が気になった作品と感想を、印象に残った限り、ざざっと順番に述べていきます。

 まず目についたのが、「青楓に小禽図」(一幅・江戸時代後期)。其一の初期作品で、鳥の親子に優しい眼差しが現れている一幅です。抱一にもこのような動物に対する優しい感性は豊かにありましたし琳派の他の絵師たちにも通じるところであり、其一も、初期はこのような筆をとっていたのだなあ、と胸が熱くなるものがありました。

「群鶴図屏風」(二曲一双・江戸時代後期)は、光琳の同タイトルの屏風に基づいた作品ですが、光琳とは違い、其一特有の緻密な筆致がすでに表れていることに目を見張るものがありました。

「萩月図襖」(四面・江戸時代後期)は、下弦の月と紅白の萩が繊細な筆致で描かれた襖絵で、僕はとてもこの作品が気に入りました。

「芒野図屏風」(二曲一隻・江戸時代後期)は其一を代表する作品のひとつで、観たかたも多いと思いますし、図録などにもよく載っています。僕も何回も観ているんですけれど、穂先の単調な線が、彼特有の「理知的」というより、ほとんど幾何学的なデザイン性で表現された作品です。抽象的なリズムと濃淡のみで、月夜の幽玄的な芒野が描かれています。

「群禽図」(双幅・江戸時代後期)、これは初めて観て、ちょっと驚きました。双幅にミミズクと数多い鳥たちを描き、写実的でありながら、やはり彼独特のまるで時間が静止したような感覚が全体に潜んでいます。樹木は墨で一気呵成に荒々しく描かれているんですが、対照的に鳥たちの姿はかなり細密な筆致です。彼の代表作のひとつである「柳に白鷺図屏風」(二曲一双・江戸時代後期)に非常にこれは似ているんですけれど、動物や植物を描いても、余白から叙情を醸し出そうとする師匠の抱一とはまるで感性が違っており、この表面的なデザイン性を追求する作風は、彼の代表作である「夏秋渓流図屏風」(六曲一双・江戸時代後期)においてひとつの達成を見たのじゃないか、と思ってやみません。そういう想像が掻き立てられる作品でした。

「桜・銀杏図扇」(一本・江戸時代後期)は、扇に絵が描かれた作品で、初冬の季節がみごとにとらえられたものです。抱一が秋の季節を得意としたならば、其一は冬の季節の描き方がみごとで、その描き方は独特なものがあって、滝のように雪を描くその手法は、彼のほかの作品でも見ることができます。

「荻に兎図」(一幅・江戸時代後期~明治時代前期)は其一の作品じゃなく、田中抱二という、やはり琳派の絵師の作品なのですが、以前、2015年度の山種美術館での「琳派と秋の彩り」展で、僕は彼の絵のことをレビューしました。抱二の絵を、これで二度鑑賞することができました。残念ながら、同じ作品でしたが笑。抱二の作品は他に見れるところはないんでしょうか。この「荻に兎図」は個人蔵作品です。僕は彼の絵にとても惹かれてしまったので、是非手に入れたい。これから古物商を奔走することになりそうです。

 抱二についてもう少し説明しておくと、彼は抱一の最晩年の弟子です。作風は抱一よりも、同時代の大阪の琳派の絵師である中村芳中(生年不詳-1819)に近く、とても素朴なタッチで、作品に愛らしさが溢れています。この作品は月が浮かぶ夜の下に、萩と愛らしい二匹の兎が描かれているんですが、樹木の枝はデザイン風なのに対し、動物はとても丁寧に描かれてあり、繊細な濃淡の技巧もうかがえます。

 そしてここら辺りから、其一の傑作群が現れてきます。「十二ヶ月花鳥図扇面」(十二面・江戸時代後期)は、晩年の其一の代表作のひとつでしょう。十二ヶ月に渡る四季折々の風景が、それぞれの扇に描かれてあるんですが、扇図の連作ものとしては、日本の絵画史上最高のもののひとつじゃないでしょうか。

 そして「朝顔図屏風」です。この作品はメトロポリタン美術館が所蔵なんですね。僕は二度見た限りですが、何ゆえか、なんだか以前ほどの鮮烈な衝撃を受けませんでした。なんでだろうな……。ただこれだけの作品を描ける絵師はそうそういないのは間違いなく、初顔合わせなら、この絵の前で立ち止まって、ため息を吐いて しまうのは間違いないでしょう。

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 鈴木其一 「朝顔図屏風」(部分) (六曲一双・江戸時代後期) メトロポリタン美術館

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 それで今回僕が個人的に驚いた作品がありまして、「向日葵図」(一幅・江戸時代後期)という一幅の掛け軸について、ちょっと書きたいんですが、とにかくこの作品が異様で驚きました。ほとんど直立不動の大きく花を開いた向日葵の花が、まるでこちらを正視するように、静止画的に、というより、ほとんど無機質な感じで描かれているものです。

 解説では、自然の摂理をこのようにして其一が表現した、というふうにこの作品については書いてありましたが、この「近代的技法」といわれる其一的作風が、今ひとつ僕には、というより、ずっと長らく腑に落ちずにいて、この感性を最大限に発揮して描かれたのが「朝顔図屏風」のような作品なのでしょうけれど、光琳の「杜若図」を明らかに踏襲したに違いないその其一の代表作は、蔓を自在に伸ばし、開いている花もあれば、蕾もあり、金地を背景に、鮮やかな青と緑で徹底的にデザイン風に描かれ、花々は浮遊するかのごとくですが、光琳や抱一のような構成の妙はありません。このことついてはこれから述べたいと思うんですが、結局其一という絵師は、「対比の画家」だったのではないか、と僕は今回まとめて見て改めて思った次第です。

 たとえば「暁桜・夜桜図」(双幅・江戸時代後期)という、タイトルを見てもわかるとおり、朝と夜とを、右と左に対照的に描いた作品がありました。右幅に暁桜が描かれ、そこでは夜明け前の満開を、薄墨で闇を表し、上方に曙の光を薄紅において表現しています。左幅では、夜桜が描かれていまして、薄闇をぼかしの技法でとらえています。朝方の澄んだ感じと、夜の湿った空気感を描いて双幅にしています。

「雪中竹梅小禽図」(双幅・江戸時代後期)では、両幅とも雪と雀が題材にとられているわけですが、片方では「静」が、片方では「動」が、描かれているのは、観てすぐにわかります。さらに「紅」と「緑」の色合いも対比させられています。先述した、雪が滝のごとく真下に直線に描かれる手法がここでは観られるわけですけれど、やはりこれも動いている気配はなく、其一的な絵で、止まっているように見えます。

 そしてもうひとつ「富士千鳥筑波白鷺図屏風」(二曲一双・江戸時代後期)。これも初見でしたが、右隻は金地に緑豊かな松林と富士が描かれ、旋回する、この整然と重ねられるふうに描かれた無機質的な無数の千鳥の異様さはちょっと筆舌に尽くしがたいものがあって、左隻は銀地に水墨で描かれた林の影と青々とした筑波山が描かれ、三羽の白鷺が右隻の騒がしさとは打って変わって、なにやら優雅に羽根を広げて飛んでいます。ここでも、やはり、金と銀、濃淡と墨、動と静、それぞれが対比です。同じ琳派同志、先達の光琳と其一とを比較する人は多いでしょうけれど、僕には桃山時代随一のアバンギャルドな絵師、やはり特異に鳥たちや風景を描いた狩野山雪の作品との比較が気になって仕方ありませんでした。

 さらに、またちょっと変わった絵もありました。「日出五猿図」(一幅・弘化5年、1848)では、初日を囲むように五匹の猿が円を描いて手を繋いでいて、「五猿」=「ご縁」という意味らしいです笑。「繭玉図」(一幅・江戸時代後期)も変わった絵で、繭玉は小正月(1月15日)または、二月の初めに豊年を願って飾られる花のひとつですけれど、鳥居の陰から、一匹の白鼠が顔を覗かせています。大黒天の使い、としてこの季節の頃によく描かれたものらしいですが、描き方が、またとても其一的なんです。ただし、この作品は弟子筋にあたる松本交山との合作になっています。

 今回は其一とパトロンとの手紙のやりとりも展示されてあったりして、これもとてもユニークでしたね。「これは光琳の本物ではない」と其一が、相手に向けて書いていたりする内容が拝見できました。

 最後に、僕がとても気に入った作品があるので、紹介しておきます。「白椿に鶯図」(一幅・江戸時代後期)という一幅です。白椿は其一が好きだった花のようです。鶯が蜜を吸おうとしています。

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 鈴木其一 白椿に鶯図 (一幅・江戸時代後期)細見美術館

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 まあ、ざっと駆け足で、今回の展覧会について、思うままに感想を書き記しました。とにかく、ここで僕がなにをいおうが、鈴木其一なる絵師がなにものであるか、それは実際その作品を前にして、多くの方にそれぞれが思ってもらうのが一番だと思います。僕がいいたいことがもしあるとするなら、この造形感覚に優れた絵師は、リアリズムの極致に挑みながらも、対比するような、ひどくシンプルかつ大胆なこともその作品でやっていた、ということと、その対比を重視した作品において、いったいなにを睨んでいたのかという、そのことです。琳派の思想は本質に帰れ、であり、その祖である本阿弥光悦俵屋宗達が挑んだのは、平安時代の王朝文化の復活にあります。現在その特質と見られるデザイン性(表面性)を最も鋭く強調してみせたのは、間違いなくこの鈴木其一に違いなく、しかし、彼は他の突出した画家同様、複雑な味わいを持っており、それを一言でいうことは難しいでしょう。

 あと、展覧会について、書き忘れていたことがあります!

 日本絵画の展覧会は、恒例のごとく展示替えがあります。「朝顔図屏風」は開催中ずっと鑑賞することが可能ですが、もうひとつの代表作、根津美術館が所蔵する「夏秋渓流図屏風」は、10.5~10.30までの後期のみの展示です。なので、僕としては、六本木アートナイト2016が、10.22(土)に開催されるので、この日を推薦します。入館料が、半額以下の¥500だからです! 22時まで開催しています。この機会を逃してはいけません。

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 ぼくの大好きな中村芳中の作品も貼っておきます。『光琳画譜』より「梅」です。下手です笑 というより、これでいいのか、と吹きだしてしまわざるをえない絵です。たまらないです。今回は芳中の展示は残念ながらありませんでした。

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 もうひとり、昭和に入っても琳派を継承し、それを発展させつづけ、独自のデザイン性を追求した絵師、神坂雪佳の作品も貼っておきます。タイトルは「軒端の梅」。やはりたまらんです。ぼくはこういう作品が好きで仕方ないんですね笑