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ピエール・アレシンスキー展に行ってきました

美術展覧会レビュー

 渋谷Bunkamuraミュージアムで開催されている「おとろえぬ情熱、走る筆。ピエール・アレシンスキー展」に行ってきました。

 国内では、1986年に原美術館がアレシンスキーがメンバーであった「コブラ展」を、個人展は1977年に行われて以来のことで、まさか、アレシンスキーの個人展なんて、と知ったときには驚きましたが、とにかく駆けつけないわけにはいきません。たぶん、これから数十年、いや、国内では永劫的に彼の個人展は開催されることはない、と思いますので、この機会をお見逃しなく。作品もしっかりと傑作が揃っていました。

 第二次世界大戦が終結するとともに、ヨーロッパでは「アフォルメル」(不定形芸術)と呼称される、新しいアーティストが続々と現れてきます。近現代美術史においては、ピエール・アレシンスキー(1927~)は、そのひとりと語られることが多い画家ですが、ベルギー出身の彼は祖国では、知らぬものがいない巨匠です。そしてアンフォルメルの画家たちの中でも異彩を放っています。

 アンフォルメルの絵画とは、アメリカにおける、ジャクソン・ポロックマーク・ロスコらの運動と連動するように活発化した、新たな抽象表現への絵画革命でしたが、たとえばその代表格として語られるジャン・フォートリエやジャン・デュビュッフェらの抽象絵画は、不定形ながら具象的残像が残っています。

 第二次大戦下、アメリカは戦場とはならず、ヨーロッパからの移民たちによる大きな文化流入、かつ衝突があり、新しい絵画表現が花開くに格好の場所でした。そのことからその時点が、アメリカが本当のアメリカ絵画を生み出した出発点である、というのが一般的な論説ですが、だからといって、ヨーロッパのその当時の抽象画家たちが、先鋭的なアメリカのアーティストらから遅れをとっていたとはいえません。「戦場」になったからこそ、もたらされた絵画があったのです。それがアンフォルメルです。それは形骸化された具象性を残して、その絵画性はアメリカとはまた違った文脈の抽象美術を形成しました。

 

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www.bunkamura.co.jp

  アレシンスキーは日本の前衛書道に、強い衝撃を覚えた画家のひとりです。ベルギーで「コブラ」という前衛表現主義画家の中心メンバーのひとりでしたが、最初は版画制作に取り組んでいました。彼が「筆致」に拘る絵画制作に取り組んだ大きな要素がありまして、それは彼が左利きだったということです。日本も昔はそうでしたが、左利きは右利きに学校教育で強制されます。アレシンスキーは絵画を描くときだけは、その本来のものである左手を自在に使うことができたのです。彼はその“本来の手”によって「真実」を探求しました。

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 「職業・兵士」 1948 エッチング、アルシュ紙 ベルギー王立美術館蔵

 

 後に、彼独特の「筆致方法」による、アレシンスキー的絵画が現れてきます。「夜」は、彼の初期の傑作のひとつです。今回展示されてありました。空白を満たして蠢く筆致の錯綜と黒の配色の躍動感が、とても感動的な絵です。

 

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 「夜」 1952 油彩、キャンバス 大原美術館

 

 アレシンスキーの絵画を一言でいえば、「筆致による絵画」といえますが、「夜」は油彩ですけれど、墨で描かれた作品が多いです。油彩でも、後にその「筆致」を深く追求できるアクリル絵画を好んで使っており、水彩、インクによる作品も多く、和紙に描かれたものもあります。

 彼の作品は「手が作りだす形による絵画」といってよいでしょう。

 筆致を表面に押し出したアーティストは、先ほど書いたアンフォルメルの画家や、アメリカの抽象表現にも多いのですが、たとえば、やはり日本の書に多大な影響を受けたフランツ・クラインや、即効性の抽象画を得意としたジョルジュ・マチュー、アメリカ抽象絵画の巨匠である、ウィレム・デ・クーニングはもちろん、ジャクソン・ポロックもそうでしょうし、――アレシンスキーもポロックから多大な影響を受けています――ただ、「夜」に表れているように、アレシンスキーの表現形式は、それら身振りの絵画とは一線を画しており、それは「線を引く行為で形成される筆跡としての言語的世界」といってよく、表象の錯綜によって満たされた世界は、正しい意味での「筆致」、つまりその「記号的な意味での文字」と、「言語と関わり合いを持つものとしての意味」との対立、或いは溶解として、存在、します。

 わかりやすくいうならば、言語学でいうところの、「シニフィアン」と「シニフィエ」の差異を、アレシンスキーは絵画で追及した、ということです。

 実験的な追及も留まることを知りません。

 アスファルトにコーティングを施し、金属板にラベンダーの油彩で線描する版画を描いたりしているのも、その実験方法のひとつです。これはシュルレアリスムの代表的存在であるマックス・エルンストがよく用いた技法ですけれど、フロッタージュという擦りの技法で、マンホールを紙に写しとる絵画制作などもしています。円形のキャンバスがお気に入りのようで、それらの作品の展示もありました。

 ぼくが今回の展覧会で、最も好きだ、と思えたのは、残念ながら画像をお見せすることはできませんが、「極地の夜」(1964、インク、キャンバスで裏打ちされた紙)という比較的大きめの作品です。インクだけで描かれたものですが、この無防備で、原始的な躍動を曝け出すような作品は、彼の筆致が極まった傑作でした。

 次第に彼はアクリル絵の具を用いて作品を制作していくことが多くなります。今展覧会の目玉は、この青一色で描かれた巨大な「ボキャブラリー Ⅰ-Ⅷ」でしょう。中期以降にかけて、彼はキャンバスを細かく分割し、そこに原始的な風景を描きこむことに熱中しますが、火山や滝などを、よくモチーフとして描きました。それは単なるアイデアや嗜好ではなく、より「筆致の概念」を追及したもので、「意味」と「記号」の思考の果て、彼は「言語」以前の人間のエモーショナルな印象に、それらを借りることで、さらに接近しようとしたのだと思います。

 

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ボキャブラリー Ⅰ-Ⅷ」 1986 アクリル絵画、キャンバスで裏打ちした紙、個人蔵

 

 彼は日本に来日した折、「日本の書」なる書道についての短篇映画も制作していたりします。それも今回は鑑賞することができました。禅画で有名な仙厓義梵にも大変敬意を払っているようで、今回は残念ながらそれに直接感化された作品を観ることはできませんでしたが、アレシンスキーに宿る独特のユーモアは仙厓から案外もたらされたものかもしれません。

 開催は10.19-12.8までです。休館は月曜。開館時間は10時-19時。金土は21時までなので、週末がお勧めです。ぼくは金曜日に行きましたが、空いてました笑 週末の夜に行っても、じゅうぶん鑑賞するには問題ない展覧会だと思います。

 

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