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なんかもう絶望しかない

創作日記

 またツイッターやろうかな、と思ったけど、面倒なので、クソ記事。一応創作日記カテゴリー。

 ぼくは一度商業出版した身があるんだけれど、自らやめた。理由は単純に、ひとりで書いていたときのほうが楽しかったな、と思った瞬間があったから。これは「学生」から「社会人」になって、理想と現実のギャップに押しつぶされて離職するとかと、まあ、似ているけど、業界によって違う部分も大いにあるだろうし、ひとくくりに簡単にはいえない。

 ぼくは元々作家になりたかった人間じゃないし、たまたま二カ月で適当に書いた小説を公募に出したら、通ってしまった。それまで一次通過とかは経験があったけれど、最終選考に残ったのは初めてだったので、そのときの編集者からの連絡が、考えてみれば本が出たときより、受賞したときより、いちばん嬉しかった、と思う。「誰か」と繋がっているんだ、と思った。それまではずっとひとりで書いていたわけだから。

 だからといって、この辺は他人に理解されにくい部分かもしれないけれど、ぼくはべつにプロ作家志望じゃなかった。家庭が荒廃していて、教養がない家で育ったので、個人的に十代の頃から、哲学やら文学やら美術やら、いろいろ個人的に学んでいたのである。バンドもやっていたから、周辺にアートやファッションに詳しい人も多かった。自然と、流れで小説を書くようになっていった。映画学校のシナリオ講座などにも顔を出していた理由もけっこう大きい。

 日本は戦後アメリカの占領下になったけれど、ヨーロッパなどはまだまだ「教養」というものが幅を利かせていて(これはアメリカだって、実はそう)、文化系の学問を大学側から消し去ろうなんて、こんなの日本だけだろう。欧米では理系の人間でも、一般教養で哲学や歴史学を個人的に学ぶのが常識なのだ。普通の会話でも「教養」は必須だし、「教養」を持っていない人間は見下される。もちろんこれは、もう生まれで判断される欧米の苛烈な人間観からもたらされた部分も大きいだろう。昔は日本もそうだったのだ。理系の人間でも、漱石小林秀雄は読んだのだ。それらが必要とされなくなったのは、日本が終わった、と吹聴される時代背景と重なる。そしてその「終わった」は、「成熟」してしまった感に類するものだ。けれど、ぼくの場合は決して「成熟」などしていない。16歳のときから、働いてきたのだ。

 結局貧困の家庭に生まれ落ちて、その貧困が原因で死を与えられるのなら、自ら死を選ぶのもよい気がする。ぼくの兄は愛した女性が自殺してしまって、その後を追って後追い自殺したのだけれど、ぼくはそのことを書きたくて、小説を書きはじめた、といってもよい。でも、それを未だに書けないし、書く方法がわからない。

 ぼくは大学まで出たけれども、兄は中学で家から放りだされ、親戚を転々として、職も長続きしなかった。漱石をはじめ、明治の書いた作家のものを読んだときに、ぼくが書きたいものはこういうものなんだな、と思ったし、アメリカ南部の作家たちの作品、その「南北戦争の傷痕」を引きずって、幽閉、された文学を書き綴る彼らの文学に出会ったときも、似た感じを思った。

 経済なんか、知るか。

 戦後日本は、正義の戦争よりも、偽善の平和がよい、とこの「戦後」を作りあげてきたわけれど、どんな理想郷においても「絶対」などは存在しないように、その「平和」に押しつぶされているものがある。それを語るにはフィクションしかないではないか。

 でも、ほとんどの国民がその「平和」を固守するというのなら、彼らが瞼を閉じ、想像性を働かせようとしないならば、彼らの目に映されないものたちは死んでいくしかないんだろう。なんかもう絶望しかない。ぼくは未成熟のままでいつづける。兄の絶望に辿り着くまであともう少しだ。