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ときどき雨、そして地獄。

日常生活

 近況。

 とりあえず二月の上旬は二作目となる長編の推敲をずっとしていた。今はその推敲したやつを、PCで打ちこんでる作業をやってる。実はこの作業が小説を書く上でいちばんキツくて、以前は一気にやっていたんだけれど、頭が発狂しそうになるし、生産性が落ちるのがわかったので、他の作品を執筆しながら、平行して少しずつ、この作業はやっている。

 というわけで、まず。

 その二作目として書いた長編は600枚ほどあるけっこうな分量で、一作目より、品質がよい。前のが、50点台としたら、こっちは60点台かな。前のは、300枚ちょいだった。実は初長編はこの作品のほうで、時間がかかってしまって、完成の前後が逆になった。手がけてから、10年近くかかってしまっている。といっても、ここ5年でぼくは短篇一篇しか小説は書いていないし、それを書いていたときも、他二本と長編を並行して書いていたので、実質執筆期間は、2年くらいかな。

 それで今は三作目になる長編を書いているんだけど。ちょい混乱の極みに陥っている。

               ※          ※

 一作目と二作目は、悪くないし、ほかの書きかけの原稿も三本くらいあるんだけど、これじゃ勝負できないんで。としたら、もう一作どうしても良作が欲しい。

 ぼくは長編執筆前に、400字詰め原稿用紙300枚の作品を書きたい、という欲望が凄くあって、でも、書いているうちに、書けない、とわかった。だから、それを除けるようになっていった経緯がある。300枚の長編は傑作としてしか存在することができないから。

あらくれ (1949年) (新潮文庫)

あらくれ (1949年) (新潮文庫)

 

 

野火 (新潮文庫)

野火 (新潮文庫)

 

 

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

 

 

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

 

 以上あげた日本近代小説作品は、すべて300枚。ほかにも、もっとあるけれど。もちろんすべて歴史に残る傑作。

 フェアじゃないので、現代文学の300枚の傑作もあげる。

錦繍 (新潮文庫)

錦繍 (新潮文庫)

 

  宮本輝さんのこの初期作品は、実はドストエフスキーの処女作『貧しき人びと』に影響されて執筆されたものだけれども、世界的文豪ドストには悪いけれども、宮本作品のほうが優れている。読めばわかる。宮本作品のキャリアの中でも、これが金字塔だ、とぼくは思っている。ぼくには百年かかっても、こんな作品は絶対に書けない。だから、ぼくは諦めた。

 でも、一作目、二作目、と書いて、今立ち往生している最中、どうしてももう一作必要だ、と思っている。二作目が思いがけず長くなってしまったので、それもいくらか短めのものがあいだに一作ないと、一作出版されても、その二作目が出版されない可能性が高い、と見ている。

 結局、この数か月、20作くらいの長編のプロットを書いて、そのうち5作品くらいの冒頭の部分――400字詰めで50枚くらい――を書いたんだけれど、どれも今ひとつピンとこない。

 傑作が自分に無理なのは、重々わかっている。けれども良作すら書けないこの体たらく。現代小説300枚の良作もあげる。このレベル書けないなら、小説やめたほうがいいかもね。

きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)

 

 

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

 

 

 ということで。

 肝心の出版社だけれども。連絡が相変わらず来ない笑。年が明けたら、もう一度連絡してみなさい、と原稿を読んでくれた編集者Aさんはいってらしたけれど、「必ず連絡します」と年賀状も来たし、三月末までは待つつもりだけど、本当に連絡来ないかもしれないなあ。

 以前「連絡しますので」とメールをくれた編集者さんがいて――実はその方は大変お世話になった編集者さんで、いちばんぼくに親身になってくれた方といってもいい――、でも、結局連絡が来なかった。こちらから連絡しても、ダメ。

 理由はなんとなくわかっていて。いっしょに仕事をやろう、ということになったのだけれど、だったら、と思って、呼ばれた会食の席で、自分のことをあれこれ喋ったほうがいいと思って、ぼくは弁舌をふるったわけ。ある種のプレゼンのつもりだったんだけれど、それが逆効果をもたらしたようで、うざい、と思われたとみられる。

 何度も書いているけれども、一般社会通念が通用しないのが、この業界なので――そういえば、芸能界も一般社会のルールが通用しないところなんだな、ということが露呈した事件が先日ありました――、まあしょうがないことなのかもしれない。でも、そんなちょっとした機嫌を損ねるようなことで、人生が変っちゃうんだから。書き手のほうとしては、身動きがとれないよね。黙っていたら、「君はやる気がないのかね?」とか、逆にいわれるし。

 とにかく、今回は連絡をくれればいい。

 実のところ、今回ぼくは出版の方向に動いてくれたら幸いだとも思いながら、断られる方向も考えてある。だから、今の編集者さんに名指しで頼んだ。これまで「売り込み」をしてきたのは、本が出ればいい、という思いもあったけれども、ボディーブローを打っていたわけで、営業の基本。重要なのは、イニシアチブをこっちがとれるかだ。出版できれば、勝機はあるので、とにかく交渉して、持っていくつもりなわけである。もし、相手側が出しますよ、といってしまうと、イニシアチブが全面的に向こう側に渡ってしまう。作品作り、営業に関して一切口出しが出来なくなってしまう。「マーケティング」について、作者があれこれいうのを、編集者はひどく嫌がる。それをやるのが編集者側の仕事だから。でもね、「だったら、売ってくれや」とこっちは思うわけだけども笑 

 悪いけど、今回は失敗は許されない。一作出て、はい、終わり、だと出さなかったのと同じ。要は出版社には任せられない。徹底的に「マーケティング」に関してはやりたいことがこっちは山ほどある。どうしてもイニシアチブをこっちでとらなければならない。それも込みでやってくれるかどうか。業界は出版を「博打」だと思っているが、そもそも「マーケティング」については、0円から出来るものがいくらでもある。なぜ、業界はやらないのかが、とにかくぼくにはわからない。上場企業でもないのに、莫大な経費使って新聞に広告を打つとか、未だにそんな慣習に縛られている。ビジネスの基本は「火がないところには煙は立たない」ということで、この点については、出版社側も心得てはいるんだけれども、その火のつけ方が、悪いけど、要は、パターン化してるわけ。

 よき医者は「病気を見るんじゃなく、その病気にかかった人を見る」というけれども、編集者は基本リーマン体質だし、いくら個人で動いてもやはり限界があるので、パターンの外に出られないのが、諸悪の根源なんだろう。まあ、企業ができないことは個人でやれ、というのが今の時代だけれども、個人ではできないことがどうしてもひとつだけある。それが「ブランディング」。

 ぼくはザ・スミスというバンドのモリッシーの歌詞が好きで、オアシスのノエル・ギャラガーも、凄く心に響くと、インタビューでいっているものがあって。「あいつらの側に行くんじゃない、あいつらをこっちに来させるんだ」という詩だ。

 もちろん爆発的に売るなんて、できないし、やるつもりもない。重要なのは、次につなげることで、長く、広きに渡って、結果を産むこと。それで、次に打つ手を考えて、来月辺り以前会ってくれた編集者さんに連絡とって、会いにいくつもり。そのときちょっとしたアイデアを考えている。次回に書きたい。

 最近は、昔のCDを引っ張りだして、聴き漁っている。

youtu.be 昨年の2016年に、久々に三枚目にあたるニューアルバムを出したホープ・サンドヴァル&ザ・ウォーム・インヴェンション。マジー・スターのヴォーカリストである彼女のソロ・プロジェクトが、このマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのコルム・オコーサクとのユニット。ぼくは最初1stのジャケ買いだった。聴いてぶっ飛んでしまった。かつてツイッターのヘッダーに彼女の写真をぼくは使っていたんだけれど、誰も指摘する人がいなかったのは悲しい話。これはマッシヴ・アタックに参加したときの2010年のナンバー。素晴らしすぎる。 

youtu.be ポーティスヘッドはこの曲が一番好きかも。このNY公演のDVD買ったんだけど、すぐに売ってしまったという笑 たまに、聴きたくなる。やっぱ、いいわ。ぼくは2ndより、断然1st派。3rdも嫌いじゃない。ぼくの彼女はNYのクラブでたまたまジェフ・バーロウのDJを聴いたことがあるらしいんだけれど、神業だったらしい。

youtu.be ビョークの「ハイパー・バラッド」に関しては、想い出がある。原宿の洋服屋で、服を観ていたときに、突然店内に流れてきた。今もあの出来事を忘れることができない。歌っているのがビョークだとはわかったんだけれど、この曲と、これが収録された2nd「Post」を、ぼくはまだ聴いていなかった。ぼくはその場にしゃがみこんで、どうしてよいかわからず、号泣してしまった。なんだ、これは、と思った。こんなことはあってはならない、と思った。これほど美しい歌を人生でかつて一度もぼくは聴いたことがなかったのだ。

 この2001年の「Vespertine Tour」は、本当に神がかっていた。音楽家としては、この辺りがピークだったか。途中のインタビューで答えている日本映画は、1964年新藤兼人監督の『鬼婆』だと思われる。

 あと、現代アート狂としては、マシュー・バーニーにも言及しないと。結局ふたりは破局したわけだけれど。ぼくはふたりが関係を持ったとき本当に驚いた。この90年代の「音楽」「美術」をそれぞれ代表する天才ふたりは、共同作業として『拘束のドローイング』を、音楽としても映像としても完成させるわけだけれども、音源はやっぱり傑作で、でも残念ながら、その日本美を描いたドキュメンタリー作品を、ぼくは未だ見ていない。

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blog.excite.co.jp このレビュー面白い。ちょっと古いけど。やっぱり似たような感想なんだ、とぼくは思った。ぼくは男だけど『Vespertine』の女性観は、狂おしいくらい理解できます。彼女は2017年、フジロックに来る。